Houston Rockets

ヒューストン ロケッツ

  1. チーム情報
  2. 歴史
  3. 創設の背景
  4. 永久欠番
  5. チームロスター
  6. チームスタッフ
  7. チームサラリー表
  8. 保有ドラフト指名権

チーム情報

アリーナ所在地
トヨタセンター

アメリカ合衆国
テキサス州ヒューストン
ラマール通り1510番地
〒77002

収容人数
18,300人

アリーナ公式サイト
https://houstontoyotacenter.com/

ロゴについて
🟥 1. 【1967年~1971年】初代ロゴ(サンディエゴ時代)
デザイン:
オレンジ色のバスケットボールを背景に、白い宇宙船(ロケット)が上昇するデザイン。円形の中に「SAN DIEGO ROCKETS」の文字が入っています。
特徴:
チームはカリフォルニア州サンディエゴで設立されたため、都市名が含まれています。宇宙開発ブームの時代背景を反映し、ロケットがテーマになっています。

🟥 2. 【1971年~1995年】ヒューストン移転後ロゴ(赤黄時代)
デザイン:
赤い円の中に黄色いバスケットボール、その上に赤字で「ROCKETS」の文字。下部に「HOUSTON ROCKETS」の文字が縁取りされて配置。
特徴:
ヒューストン移転後初のロゴ。シンプルながらエネルギッシュな赤と黄が特徴で、"ロケッツ"(ロケット)という名に直接関係するイメージは含まれず、バスケットボールに焦点を当てたデザイン。
補足:
このロゴは1994年と1995年のNBAチャンピオン時代に使われていたため、ファンには非常に人気があります。

🟥 3. 【1995年~2003年】SF風ロゴ(宇宙探査機スタイル)
デザイン:
グラフィックなロケットがバスケットボールを突き抜けて飛び出す姿。バスケットボールは青いリングに囲まれ、「HOUSTON ROCKETS」の文字が大胆に描かれています。
特徴:
当時のNBAで流行していた「より攻撃的で未来的」なデザイン。ロケット要素が明確に再登場し、色も濃紺・赤・銀というSF映画風の配色に。
背景:
1995年の優勝後、再ブランディングとして導入。トレイシー・マグレディやスティーブ・フランシスが活躍した時期でもあります。

🟥 4. 【2003年~2019年】“R”ロゴ(現代的ミニマリズム)
デザイン:
中央に赤く縦長の「R」の文字がロケットの噴射のように描かれ、「HOUSTON ROCKETS」のテキストがシンプルに添えられている。
特徴:
「R」が発射されるロケットを象徴し、シャープでミニマルなデザイン。スーツやアパレルにも映えるよう設計され、ブランディング性が高い。
背景:
姿勢を正した再建期で、ヤオ・ミン、トレイシー・マグレディ、後にジェームズ・ハーデンの時代を象徴。

🟥 5. 【2019年~現在】モダン“R”アップデート版
デザイン:
「R」の形状は以前と似ているが、よりバランスの取れたスタイルへ微修正。フォントやラインが洗練され、エッジがやや柔らかくなった。
特徴:
ロゴ全体の構成は変わらず、「ブランドとしての一貫性」を保ちつつ現代化。チームカラーも鮮やかになり、マーケティング・アパレル展開に適した形に。
背景:
ハーデン時代終焉から若手再建期への転換を経て、今後の新章を支えるシンボル。

🌟 補足:オルタネートロゴ(代替ロゴ)
過去にはロケット型バスケットボール、テキサス州の形をモチーフにした星マーク、"HR"のモノグラムなどの代替ロゴも複数存在します。
特に2019年以降、赤・黒・銀を基調としたシンプルな「H」や「クラシック回帰」ロゴがリバイバルされることもあります。


NBA優勝 2回
🏆 1993–94シーズン(vs. ニューヨーク・ニックス)
ファイナルMVP:アキーム・オラジュワン
創設から27年目のロケッツは、レギュラーシーズンをウェスタン・カンファレンス2位で終え、ディフェンスを核としたチーム構成とオラジュワンを中心とした堅実なオフェンスでプレーオフを勝ち抜いた。ファイナルの相手は名門ニューヨーク・ニックス。シリーズは第7戦までもつれた激戦となったが、ロケッツが最終戦で勝利し、4勝3敗でフランチャイズ初の優勝を成し遂げた。オラジュワンは攻守両面で圧倒的な存在感を放ち、平均26.9得点、9.1リバウンド、3.9アシスト、3.9ブロックという驚異的な数字でファイナルMVPを獲得した。ベテランと若手が融合したチームは、テキサス州ヒューストンにもたらされた初のNBA王座に大きな歓喜をもたらした。

🏆 1994–95シーズン(vs. オーランド・マジック)
ファイナルMVP:アキーム・オラジュワン
創設から28年目のロケッツは、レギュラーシーズンをウェスタン・カンファレンス6位で終えたものの、プレーオフでは“クラッチシティ”の名にふさわしい粘り強さを見せ、波乱の連続を乗り越えてNBAファイナルに進出。ファイナルの相手は、若きシャキール・オニールとアンファニー・ハーダウェイを擁する勢いあるオーランド・マジック。シリーズは第1戦の延長勝利を皮切りにロケッツが勢いに乗り、4勝0敗のスウィープで2年連続の優勝を決めた。
中でもアキーム・オラジュワンは、平均32.8得点、11.5リバウンド、5.5アシスト、2ブロックと攻守において支配的なパフォーマンスを見せ、前年に続き2年連続でファイナルMVPを受賞。クライド・ドレクスラーやロバート・オーリー、ケニー・スミスらも要所で大活躍し、歴史に残る“下剋上チャンピオン”としてファンの記憶に深く刻まれた。


チーム公式サイト
https://www.nba.com/rockets/


公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/rockets/tickets


チーム公式ショップ
https://rocketsshop.com/


日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/houston-rockets/


傘下Gリーグチーム
リオグランデバレー・バイパーズ
https://riograndevalley.gleague.nba.com/
チーム各種SNS

歴史

ヒューストン・ロケッツ(Houston Rockets)の創設には、アメリカのスポーツ界での拡張の動き、宇宙開発と都市の発展が密接に関わっています。

創設の背景

🚀 チーム創設の背景:テキサスではなく、カリフォルニアから始まったロケッツ
ヒューストン・ロケッツは、実は1967年にテキサス州ではなく、カリフォルニア州サンディエゴで創設されたのが始まりです。NBAが拡張を進めていた時期に、リーグは新しい市場を開拓するための新チームを募集しており、サンディエゴがその候補地の一つに選ばれました。
名前の由来:「ロケッツ(Rockets)」は宇宙技術から
「ロケッツ(Rockets)」というチーム名は、サンディエゴが当時航空宇宙産業の中心地の一つだったことにちなんで命名されました。
サンディエゴには、NASA関連やミサイル・ロケット開発に関わる企業(例えば、ジェネラル・ダイナミクス社)が多く、まさに「ロケットの街」として知られていたのです。
一般公募でこの名前が選ばれ、宇宙時代の象徴的存在として「サンディエゴ・ロケッツ」は誕生しました。

🛫 ヒューストン移転:ロケットの本拠地としてふさわしい場所へ
わずか4シーズン後の1971年、チームは財政的な問題や観客動員の苦戦を理由に、ヒューストンへと本拠地を移すことになります。
この移転には非常に自然な理由がありました。なぜなら、ヒューストンは**NASAのジョンソン宇宙センター(Johnson Space Center)**が存在し、「アメリカの宇宙開発の心臓部」と言える場所だからです。
この宇宙都市ヒューストンにとって、「ロケッツ」という名前はまさにピッタリだったのです。チームは名前をそのままに、「ヒューストン・ロケッツ」として再スタートを切ります。

🎯 移転後の秘話・エピソード
当初は弱小チーム:1970年代初頭のロケッツは勝率も低く、なかなか結果が出ませんでした。しかし、1971年のNBAドラフトで**エルヴィン・ヘイズ(Elvin Hayes)**を獲得し、少しずつ注目され始めます。
オラジュワン獲得の奇跡:1984年のNBAドラフトでは全体1位指名権を獲得し、地元ヒューストン大学出身のアキーム・オラジュワンを獲得。これが後の優勝へとつながる大きな転機となりました。
ロゴとユニフォームも「宇宙」を意識:移転後もロゴやユニフォームには「宇宙」「近未来」「飛行」などを意識したデザインが多く、NASAとのつながりを強調しています。

🌌 創設の意味と現在
ヒューストン・ロケッツというチーム名とそのアイデンティティは、単なるバスケットボールチームという枠を超えて、「アメリカの宇宙時代と共に歩む都市・ヒューストン」そのものを象徴する存在です。
宇宙への憧れ、最先端のテクノロジー、挑戦する精神——それらを背負って、ロケッツは誕生しました。

創設後の発展

🔴 1970年代(1971):宇宙都市ヒューストンでの再出発と基盤づくり
1971年、サンディエゴからヒューストンへ移転し、「ヒューストン・ロケッツ」として新たなスタートを切ったロケッツは、宇宙開発の象徴都市ヒューストンにふさわしい「ロケット」の名をそのまま受け継ぎました。1970年代はまだ発展途上のチームであり、エルヴィン・ヘイズやカルヴィン・マーフィーといった才能ある選手を擁しつつも、成績は安定せず。とはいえ1977年にはプレーオフのカンファレンスファイナルに進出するなど、徐々にチームとしての存在感を強めました。

🔴 1980年代(1984):アキーム・オラジュワンと共に黄金期の幕開け
1984年のNBAドラフトで地元ヒューストン大学出身のアキーム・オラジュワンを全体1位で指名。ラルフ・サンプソンとの“ツインタワー”コンビを結成し、1986年にはNBAファイナルに進出(vs. ボストン・セルティックス)。惜しくも敗れたものの、ロケッツの黄金時代への布石となりました。守備とリバウンドを軸にしたオラジュワンの存在は、この時代からすでにリーグ屈指の存在感を放っていました。

🔴 1990年代(1994・1995):球団史上初のNBA制覇、連覇を達成
1990年代はロケッツの歴史におけるハイライトです。アキーム・オラジュワンを中心に、1993–94シーズンにはオーランド・マジックとのファイナルを制し、球団史上初のNBA優勝を達成(ファイナルMVP:オラジュワン)。続く1994–95シーズンは、途中加入したクライド・ドレクスラーの活躍もあり、史上6チーム目となる2年連続優勝を達成。ヒューストン・ロケッツの名は、この時代に完全にリーグの強豪として刻まれました。

🔴 2000年代(2002–2009):ヤオ・ミン時代とグローバルな注目
2002年、NBA史上初の中国出身全体1位指名選手、ヤオ・ミンの加入はロケッツにとって歴史的な出来事でした。彼の存在により、ロケッツは中国を中心としたアジア圏でも爆発的な人気を獲得。トレイシー・マグレディとのコンビは夢のデュオと呼ばれ、2007–08シーズンには22連勝という当時NBA歴代2位の記録を達成。しかし、ヤオやマグレディの怪我に悩まされ、プレーオフでの成功には至りませんでした。

🔴 2010年代(2012–2020):ジェームズ・ハーデンの時代と攻撃バスケの進化
2012年、ジェームズ・ハーデンをトレードで獲得したことで、ロケッツは新たなフェーズに突入します。マイク・ダントーニHCと共に極端なスリーポイント重視のオフェンスを展開し、2017–18シーズンには球団史上最高の65勝を記録。ファイナル進出まであと一歩に迫りました。ハーデンは得点王やMVPを獲得するなど個人としても圧巻の活躍を見せ、ロケッツはリーグ屈指の攻撃型チームとして注目を浴びました。

🔴 2020年代(現在):若手育成と再建のステージへ
2020年以降、ジェームズ・ハーデンの退団によりチームは再建期に突入。ジェイレン・グリーン、ジャバリ・スミスJr.、アルペレン・シェングンといった若手有望株を中心に、育成と成長に注力しています。2023–24シーズンからは元ボストンCのイメ・ユドカがHCに就任し、守備重視のチームづくりを推進。未来に向けて、再び黄金期を築く準備が着々と進められています。

永久欠番

番号名前主な功績
11ヤオ・ミン8度のNBAオールスター選出。アジア出身選手として初のNBA殿堂入り。
22クライド・ドレクスラー1995年のNBA優勝に貢献。NBA殿堂入り選手。
23カルヴィン・マーフィー1971年から1983年までロケッツでプレー。NBA殿堂入り。
24モーゼス・マローン1979年NBA MVP。ロケッツ在籍時にリーグ得点王を獲得。
34アキーム・オラジュワン1994年と1995年のNBAファイナルMVP。ロケッツの2連覇を牽引。
45ルディ・トムジャノビッチ選手として5度のNBAオールスター選出。1994年と1995年のNBA優勝時のヘッドコーチ。

チームロスター

番号名前身長体重
0アーロン・ホリデーUSA18384
1アメン・トンプソンUSA20196
2ジョック・ランデールAUS211116
3ンフェリー・ダンテMLI211120
4ジェイレン・グリーンUSA19882
5フレッド・ヴァンブリートUSA18389
7キャム・ウィットモアUSA201104
8ジェイショーン・テイトUSA193104
9ディロン・ブルックスCAN198102
10ジャバリ・スミス・ジュニアUSA208100
12スティーブン・アダムズNZL211120
15リード・シェパードUSA19183
17タリ・イーソンUSA20398
19ネイト・ウィリアムズUSA19693
28アルペラン・シェングンTUR208110
32ジェフ・グリーンUSA203107
58ジャック・マクベイAUS20393

チームスタッフ

ヒューストンロケッツのスタッフ(2024年時点)

■ オーナー・経営陣
ティルマン・ファーティッタ(オーナー)
ラリー・カイザー(最高財務責任者)
クレイ・アレン(法務顧問)
グレッチェン・シーア(ビジネスオペレーション部門代表)
スコット・アンドリュース(副社長)

■ バスケットボール部門(フロント)
ラファエル・ストーン(ゼネラルマネージャー)
イーライ・ウィタス(バスケットボール運営担当副代表・アシスタントGM)
キース・ジョーンズ(バスケットボール運営部門上級副社長)
クリス・ウォレス(スカウティングディレクター)
アンソニー・ニーラ(国際スカウトディレクター)
アレックス・サントス(国際スカウト担当副社長)
ジェイソン・ローマン(バスケットボールアナリティクスディレクター)
ジム・ポーリス(選手人事ディレクター)
エド・クプファー(バスケットボール運営)
ジョン・ルーカス(バスケットボール運営)

■ コーチングスタッフ
イメ・ユドカ(ヘッドコーチ)
ベン・サリバン(アシスタントコーチ)
キャム・ホッジズ(アシスタントコーチ)
ギャレット・ジャクソン(アシスタントコーチ)
マイク・モーザー(アシスタントコーチ)
ロイヤル・アイビー(アシスタントコーチ)
チアゴ・スプリッター(アシスタントコーチ)

■ 選手育成・パフォーマンス
オルフン・ギュンゴレン(プレーヤーデベロップメント)
アーロン・ブライト(プレーヤーデベロップメントコーチ)
ジョシュ・ボスティック(プレーヤーデベロップメントコーチ)
マット・マクエイド(プレーヤーデベロップメントコーチ)
ウォーカー・ミラー(プレーヤーデベロップメントコーチ)
ウィリー・クルーズ(アスレチックパフォーマンスディレクター)

■ 医療・トレーニングスタッフ
ジェイソン・バイルズ(ヘッドアスレティックトレーナー)
ジョー・ロゴウスキー(ストレングス&コンディショニングコーチ)
ジャヴァイア・ギレット(トレーナー)
モトキ・フジイ(アシスタントアスレティックトレーナー)
サミュエル・ベレンバーグ(アシスタントアスレティックトレーナー)
Dr. ジェイソン・ジェームズ(チームドクター)
Dr. リーハル・ボジャーニ(チームドクター)
Dr. ウォルター・ロウ(チームフィジシャン)
Dr. ボニー・グレゴリー(チームフィジシャン)
Dr. フェレシア・パウエル=ウィリアムズ(チームフィジシャン)
スコット・クネラー(フィジカルセラピスト)

■ スカウティングスタッフ
ハビエル・ペスケラ(スカウト)
ロス・ホーマン(スカウト)
ベン・ルービン(スカウト)
コール・ズィッカー(スカウト)
エド・ピンクニー(スカウト)
フランシス・アドゥ(スカウト)
L.J. ローズ(スカウト)
マット・ブラー(スカウト)
マルコ・ラドヴァノヴィッチ(国際スカウト)
トラヴィス・ストックブリッジ(スカウティングコーディネーター)

■ メディア・アナウンス
クレイグ・アッカーマン(TVブロードキャスター)
マット・トーマス(ラジオブロードキャスター)
ジョン・ポール・スティーブンソン(アリーナアナウンサー)

チームサラリー表

保有ドラフト指名権

2025年
1巡目:
ブルックリン・ネッツ(BRK)へ譲渡; フェニックス・サンズ(PHX)からのロッタリー指名権(1位から4位の確率4%、3位から5位の確率5%)

2巡目:
メンフィス・グリズリーズ(MEM)へ譲渡; オクラホマシティ・サンダー(OKC) #59(アトランタ・ホークス(ATL)経由)

2026年
1巡目:
1~4位はヒューストン・ロケッツ(HOU)の自分の指名権; HOU 5-30、ロサンゼルス・クリッパーズ(LAC)およびOKCからの最も有利な2つの指名権(OKC経由でフィラデルフィア・76ers(PHL)へ)

2巡目:
OKCが2026年に1~4位を選ぶ場合、OKCの最も有利な2番目と3番目の指名権(OKC経由)、または(i)ボストン・セルティックス(BOS)とインディアナ・ペイサーズ(IND)とマイアミ・ヒート(MIA)の最も有利な指名権のうち最も有利なもの、(ii)LACと最も有利なBOS, IND, MIAの交換(MILとMEM経由)

2027年
1巡目:
ヒューストン・ロケッツ(HOU)の自分の指名権またはブルックリン・ネッツ(BRK)への交換; フェニックス・サンズ(PHX、BRK経由)

2巡目:
ヒューストン(HOU)、OKC、インディアナ(IND)、マイアミ(MIA)の最も有利な指名権がOKCへ、次に最も有利な指名権がニューヨーク・ニックス(NYK)へ。さらに、(i)サンアントニオ・スパーズ(SAN)と(ii)HOU, OKC, IND, MIAの最も有利な指名権のうち最も不利なものがSANへ、その後MIAへ。

2028年
1巡目:
ヒューストン・ロケッツ(HOU)の自分の指名権

2巡目:
アトランタ・ホークス(ATL)経由の自分の指名権

2029年
1巡目:
ヒューストン・ロケッツ(HOU)、ダラス・マーベリックス(DAL)、フェニックス・サンズ(PHX)の最も有利な2つの指名権、残りはブルックリン・ネッツ(BRK)へ(DALおよびPHX経由)

2巡目:
オクラホマシティ・サンダー(OKC)へ

2030年
1巡目:
ヒューストン・ロケッツ(HOU)の自分の指名権

2巡目:
オクラホマシティ・サンダー(OKC)およびボストン・セルティックス(BOS)へ譲渡

2031年
1巡目:
ヒューストン・ロケッツ(HOU)の自分の指名権

2巡目:
31位~55位は自分の指名権、56位~60位はボストン・セルティックス(BOS)へ譲渡

ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team

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