
Los Angeles Lakers
ロサンゼルス レイカーズ
チーム情報
アリーナ所在地
クリプト・ドットコム・アリーナ
アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス市 フィゲロア通り1111番地
〒90015
収容人数
18,345人
アリーナ公式サイト
https://www.cryptoarena.com/
ロゴについて
🟡 1947年 – ミネアポリス・レイカーズ時代
ロゴ特徴: 湖と松の木を背景にバスケットボールを運ぶ人物のシルエット。
意味: 「レイカーズ(湖の人々)」の名前に忠実なデザインで、ミネソタ州の「1万の湖」にちなんだものでした。
🟣 1960年 – ロサンゼルス移転後最初のロゴ
ロゴ特徴: 黄色いバスケットボールに、紫の斜体の大文字で「Los Angeles Lakers」と書かれたデザイン。
意味: スピード感を出す斜体文字と色彩で、ロサンゼルスという新天地の活気を表現。
🟣 1976年 – デザインの微調整
ロゴ特徴: 前ロゴと基本的に同じ構成。文字の太さやバランスが微調整され、視認性が向上。
意味: チームがスター選手を揃えた「ショータイム」時代へ突入する前夜の準備。
🟣 2001年 – シャープな仕上げへ
ロゴ特徴: 黄色と紫の配色はそのままに、ラインの太さや文字のエッジをシャープに強調。
意味: シャック&コービー時代の王朝に合わせ、よりプロフェッショナルで力強い印象へ刷新。
🟣 ロサンゼルス・レイカーズ、新しい代替ロゴを発表
ロサンゼルス・レイカーズは1947年の創設以来、多くのロゴやユニフォームのデザイン変更を行ってきましたが、2023–2024シーズンを前に、数年ぶりとなるロゴのアップデートが行われました。
✨ 新ロゴの特徴
基本構成は従来ロゴを踏襲(パープル、ゴールド、ホワイトの配色)。
デザインはより太く、洗練されたスタイルに進化。
「Lakers」の文字とバスケットボールを分離。
バスケットボール:以前よりも大きく、スタイリッシュなシルエットに。
「Lakers」の文字:横長で太いフォントに刷新。
「L」の文字にはロサンゼルスを象徴する6ポイントの星を配置。
この星は、チームの60年以上の歴史を表現。
🟪 新しいパープルと部分ロゴ(Partial Logo)
より鮮やかで明るいパープルが導入。
1960〜70年代のユニフォームの色味をオマージュ。
この新しいパープルを使った**「L」の文字の部分ロゴ**も登場。
白いボックスで囲まれており、視認性・印象度が向上。
ロゴのクラシックな書体は維持され、伝統と革新が融合。
NBA優勝 17回
🏆 1948–49シーズン(vs. ワシントン・キャピトルズ)
ファイナルMVP: 該当なし(当時は未設置)
創設2年目のミネアポリス・レイカーズは、ジョージ・マイカンを中心に圧倒的な強さを見せ、NBLからBAA(後のNBA)に移籍した初年度で優勝を果たした。ファイナルではエディー・ゴットリーブ率いるワシントン・キャピトルズを4勝2敗で下し、初代NBAチャンピオンに輝いた。マイカンはシリーズ通して支配的なプレーを見せ、後の「NBA初のスーパースター」と称された。
🏆 1949–50シーズン(vs. シラキュース・ナショナルズ)
ファイナルMVP: 該当なし(当時は未設置)
連覇を狙ったレイカーズは、再びジョージ・マイカンを軸に強さを発揮。プレーオフでは強敵を次々と下し、ファイナルではドルフ・シェイズ擁するシラキュースと対戦。4勝2敗でシリーズを制し、2年連続の王座に輝いた。マイカンはシリーズ平均27.5得点と攻守で抜群の存在感を示した。
🏆 1951–52シーズン(vs. ニューヨーク・ニックス)
ファイナルMVP: 該当なし(当時は未設置)
再建を経て返り咲いたレイカーズは、マイカン、ジム・ポラード、ヴァーン・ミケルセンらを擁してファイナルへ。激戦の末、ニックスを4勝3敗で破り、3度目の優勝を飾った。第7戦ではディフェンスとリバウンドでマイカンが奮闘し、勝負を決定づけた。
🏆 1952–53シーズン(vs. ニューヨーク・ニックス)
ファイナルMVP: 該当なし(当時は未設置)
前年と同カードとなったファイナルは、レイカーズがさらに成熟したプレーで上回り、ニックスを4勝1敗で圧倒。ジョージ・マイカンは引き続き支配的なプレーを披露し、球団史上4度目の優勝を牽引。マイカン王朝が確立された。
🏆 1953–54シーズン(vs. シラキュース・ナショナルズ)
ファイナルMVP: 該当なし(当時は未設置)
マイカンを中心とした最後の王座奪取となったこの年、レイカーズはディフェンス力を軸にナショナルズとの接戦を制し、4勝3敗で優勝。この優勝で1950年代前半の5年間で4度の王者となり、初期NBAの黄金期を築いた。
🏆 1971–72シーズン(vs. ニューヨーク・ニックス)
ファイナルMVP: ウィルト・チェンバレン
ビル・シャーマンHCのもと、レギュラーシーズン69勝を挙げ、当時のNBA記録となる33連勝を達成。ファイナルではニックスを4勝1敗で下し、ロサンゼルス移転後初の優勝を果たしました。チェンバレンは第5戦で24得点29リバウンドを記録し、ファイナルMVPに輝きました。
Wikipedia
🏆 1979–80シーズン(vs. フィラデルフィア・76ers)
ファイナルMVP: マジック・ジョンソン
ルーキーのマジック・ジョンソンが、カリーム・アブドゥル=ジャバーの欠場した第6戦でセンターとして出場し、42得点15リバウンド7アシストの活躍。シリーズを4勝2敗で制し、マジックは史上初のルーキーでのファイナルMVPを受賞しました。
🏆 1981–82シーズン(vs. フィラデルフィア・76ers)
ファイナルMVP: マジック・ジョンソン
「ショータイム・レイカーズ」の象徴として、マジック・ジョンソンが再びファイナルMVPに輝きました。シリーズを4勝2敗で制し、チームの攻守をリードしました。
🏆 1984–85シーズン(vs. ボストン・セルティックス)
ファイナルMVP: カリーム・アブドゥル=ジャバー
宿敵セルティックスとのファイナルで、38歳のジャバーが平均25.7得点、9.0リバウンドの活躍。シリーズを4勝2敗で制し、ボストンでの初優勝を果たしました。
🏆 1986–87シーズン(vs. ボストン・セルティックス)
ファイナルMVP: マジック・ジョンソン
マジックが平均26.2得点、13.0アシストの活躍で、セルティックスを4勝2敗で下し、通算3度目のファイナルMVPを受賞しました。
🏆 1987–88シーズン(vs. デトロイト・ピストンズ)
ファイナルMVP: ジェームズ・ウォージー
シリーズ最終第7戦で36得点、16リバウンド、10アシストのトリプルダブルを達成し、ウォージーがファイナルMVPに選ばれました。
🏆 1999–2000シーズン(vs. インディアナ・ペイサーズ)
ファイナルMVP: シャキール・オニール
平均38.0得点、16.7リバウンドの圧倒的なパフォーマンスで、シリーズを4勝2敗で制し、オニールが初のファイナルMVPを獲得しました。
🏆 2000–01シーズン(vs. フィラデルフィア・76ers)
ファイナルMVP: シャキール・オニール
平均33.0得点、15.8リバウンドでシリーズを4勝1敗とし、オニールが2年連続のファイナルMVPに輝きました。
🏆 2001–02シーズン(vs. ニュージャージー・ネッツ)
ファイナルMVP: シャキール・オニール
平均36.3得点、12.3リバウンドでシリーズを4勝0敗のスウィープで制し、オニールが3年連続のファイナルMVPを受賞しました。
🏆 2008–09シーズン(vs. オーランド・マジック)
ファイナルMVP: コービー・ブライアント
平均32.4得点、5.6リバウンド、7.4アシストでシリーズを4勝1敗で制し、コービーが初のファイナルMVPを獲得しました。
🏆 2009–10シーズン(vs. ボストン・セルティックス)
ファイナルMVP: コービー・ブライアント
平均28.6得点、8.0リバウンドでシリーズを4勝3敗で制し、コービーが2年連続のファイナルMVPに輝きました。
🏆 2019–20シーズン(vs. マイアミ・ヒート)
ファイナルMVP: レブロン・ジェームズ
平均29.8得点、11.8リバウンド、8.5アシストでシリーズを4勝2敗で制し、レブロンが通算4度目のファイナルMVP!
チーム公式サイト
https://www.nba.com/lakers/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/lakers/tickets?ls=nav_tickets
チーム公式ショップ
https://lakersstore.com/
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/los-angeles-lakers/
傘下Gリーグチーム
サウスベイ・レイカーズ
https://southbay.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
創設の背景
🟪 ミネアポリス・レイカーズ創設の背景(1947年)
🔹 出発点は「デトロイト・ジェムズ」
現在のレイカーズのルーツは、**1946年にNBL(National Basketball League)に加盟していた「デトロイト・ジェムズ(Detroit Gems)」**という弱小チームにさかのぼります。このチームは、ミシガン州デトロイトに拠点を置いていましたが、チーム成績は最悪(1946–47シーズンは4勝40敗)で、観客動員も低迷。運営も行き詰まり、わずか1シーズンで売却されることとなりました。
🔹 ジェムズ買収と「新天地ミネアポリス」への移転
ジェムズのフランチャイズ権を**$15,000で購入したのが、ベン・バーガー(Ben Berger)とモリス・チャルフン(Morris Chalfen)**という地元ミネソタの実業家たちでした。彼らはミネアポリスで娯楽事業を行っており、地元にプロバスケットボールチームを根づかせることを目的としていました。
この買収により、デトロイト・ジェムズは「ミネアポリス・レイカーズ」として再出発を果たします。
🟪 チーム名の由来:「レイカーズ」
「Lakers(湖の人々)」という名前は、**ミネソタ州のニックネーム「Land of 10,000 Lakes(1万の湖の地)」**に由来します。これは地元の自然資源を象徴する名称であり、地元色を強く打ち出すために採用されました。
当時は地域密着型のチーム名が多かったため、「湖」を意味する「レイカーズ」はまさに理にかなったネーミングだったのです(現在ロサンゼルスに移ったあともこの名を保持しているのは象徴的ですね)。
🟪 ビジネスと興行面の工夫
ミネアポリス時代のレイカーズは、ただの強豪チームというだけではなく、スポーツビジネスにおける先駆者でもありました。
🎷 ジャズクラブとスポーツ経営
オーナーたちは地元のジャズクラブや映画館を経営していた興行師でもあり、ナイトライフとスポーツの融合を目指したプロモーション活動を展開。試合会場では音楽パフォーマンスや地域密着型のショーイベントが行われ、エンターテインメント性の高い試合運営が行われていました。
🔹 伝説のセンター「ジョージ・マイカン」の獲得秘話
レイカーズの初期の栄光を支えたのが、“NBA初のスーパースター”とされる**ジョージ・マイカン(George Mikan)**です。
彼はもともと別のチーム(シカゴ・アメリカンズ)のドラフト選手でしたが、そのチームが解散したため、レイカーズが彼の権利を獲得。身長208cmという当時としては破格のサイズと、ソフトタッチのレイアップ(マイカン・ドリル)で絶大な影響を与え、1948–54年の6年間で5度の優勝に導きました。
🔹 レイカーズとNBL→BAA→NBAの再編
1947年:NBLに加入して即優勝(ジョージ・マイカン効果)。
1948年:よりメディア露出と収益が見込めるBAAに移籍。
1949年:BAAとNBLが合併してNBAが誕生。レイカーズは初代王者に。
この流れの中でレイカーズはプロリーグの中核チームとなり、創設数年でバスケットボール界の顔になりました。
🔹 経営難とロサンゼルス移転(1960年)
1950年代後半、マイカンの引退後は成績が低迷し、観客動員の減少とともに経営難に直面。1957年にはオーナーが変わり、最終的に1960年にフランチャイズをロサンゼルスに移転。ここから「ロサンゼルス・レイカーズ」がスタートしました。
ちなみにこの移転も、当時はまだプロチームがほとんど存在していなかった西海岸における先駆的な動きでした。これがNBAの“全国リーグ化”を後押しする一因にもなります。
🔹 秘話:レイカーズの「音楽的な遺産」
興味深いのは、レイカーズ創設に関わったバーガーやウィンターが、当時ミネソタで人気だったジャズ・クラブのオーナーでもあり、彼らの資金源や交友関係がレイカーズの経営にも活かされていたという点です。「エンターテインメントとスポーツを融合させる」というビジネスモデルは、後にレイカーズが“ショータイム”と呼ばれるようなチームカラーを持つことの先駆けでもありました。
創設後の発展
🔵 1950年代(1950–1959):NBA黎明期の支配と「ミスター・バスケットボール」の活躍
ミネアポリス・レイカーズとしてスタートしたチームは、1950年代初頭にNBA(当時BAAとの合併で発足)を席巻。センターのレジェンド、ジョージ・マイカンは“ミスター・バスケットボール”の異名を取り、その圧倒的な体格とスキルでリーグのルールすら変えさせた存在となりました。1950年から1954年にかけて4度の優勝を果たし、黎明期のNBAにおいて王朝を築きました。スローテンポなゲーム展開と屈強なインサイドプレーで、当時のバスケットボールスタイルを象徴する存在となり、ミネアポリスは“バスケットボールの中心地”として知られるようになります。
🔵 1960年代(1960–1969):ロサンゼルスへの移転と新時代の幕開け
1960年、チームはミネアポリスからロサンゼルスへと本拠地を移転。これにより“ロサンゼルス・レイカーズ”が誕生しました。新天地では、エルジン・ベイラーとジェリー・ウェストという二人のスーパースターがチームを牽引。何度もNBAファイナルに進出するも、ボストン・セルティックスという壁に阻まれ、優勝には手が届かず。しかし、攻撃的なスタイルと華やかなプレーでファンの心を掴み、NBAの西海岸進出の先駆者としてリーグの拡大に大きく貢献しました。
🔵 1970年代(1970–1979):栄光と低迷の交差する時代
1971–72シーズンにはウィルト・チェンバレン、ジェリー・ウェスト、ゲイル・グッドリッチらを中心に、当時のNBA記録である33連勝を達成。そのままファイナルを制し、ロサンゼルス移転後初の優勝を果たしました。しかしその後は主力の引退や再建期が続き、安定した成績を残せず苦しい時代に突入します。それでもチームは未来に向けて地道な土台作りを続けており、1979年のマジック・ジョンソン指名が次なる黄金時代の幕開けとなります。
🔵 1980年代(1980–1989):“ショータイム”王朝の輝き
マジック・ジョンソン、カリーム・アブドゥル=ジャバー、ジェームズ・ウォージーらを中心とした“ショータイム・レイカーズ”は、圧倒的なパスワークと速攻を武器にNBAを席巻。この10年間で5度の優勝を成し遂げ、セルティックスとのライバル関係も盛り上がり、NBAの人気を世界規模に押し上げました。エンターテインメントとスポーツの融合を体現する存在として、レイカーズは世界的ブランドへと成長していきました。
🔵 1990年代(1990–1999):過渡期と新世代の胎動
1980年代の黄金期を終えたレイカーズは、1990年代に入ると再建モードへ移行。マジックの引退、シャックやコービー・ブライアントの加入といった大きな動きがあった一方で、プレーオフ早期敗退や混迷の時期が続きます。しかしこの時期に育った若きコービーとシャックのコンビが、次の時代の主役となる素地を築いていました。華やかさの裏に、確かなチーム作りの努力が見られる時代でした。
🔵 2000年代(2000–2009):シャック&コービー時代とコービーの孤高の戦い
フィル・ジャクソンを指揮官に迎えた2000年代初頭、シャキール・オニールとコービー・ブライアントを軸にしたチームは3連覇を達成(2000~2002年)。その後コンビは決裂し、コービーの単独時代へ突入。一時は低迷するも、2008年にはパウ・ガソル加入をきっかけに再びファイナル進出を果たします。2009年には自身の“エース”としての力で5度目の優勝を達成し、新たな王朝を築き始めました。
🔵 2010年代(2010–2019):コービー最後の輝きと暗黒期
2010年にセルティックスとの激闘を制し、2年連続の優勝を果たしたレイカーズ。しかしその後は主力の高齢化やケガ、チームの迷走が重なり、プレーオフから遠ざかる時期が続きました。2016年にはコービーが引退。長年の象徴が去ったことでチームは再建期へ突入し、若手育成と新たなスタープレイヤー獲得への準備が進められていきました。
🔵 2020年代(2020–):レブロン&AD体制と“復活の戴冠”
2018年にレブロン・ジェームズが加入し、続いてアンソニー・デイビスも加わったことで、一気に優勝候補に浮上。パンデミックによる異例の“バブル開催”となった2019–20シーズン、レイカーズは強固なディフェンスとレブロンの圧倒的なリーダーシップでプレーオフを制覇。2020年、10年ぶりとなる優勝を果たしました。以降も再び王座奪還を狙い、継続的に戦力強化を行っています。その後2025年2月にアンソニー・デイビスをトレードしダラスからルカ・ドンチッチを獲得。NBA史に残る大型のトレードとして注目を浴びた。
永久欠番
| 番号 | 名前カタカナ | 主な功績 |
|---|---|---|
| 6 | ビル・ラッセル | NBA全体で永久欠番(リーグの人種平等に貢献。レイカーズ所属歴なし) |
| 8 | コービー・ブライアント | 5度のNBA優勝、得点王、レイカーズ一筋、2000年代の黄金期を牽引 |
| 24 | コービー・ブライアント | 上記と同様。8番時代と分けて永久欠番 |
| 13 | ウィルト・チェンバレン | レイカーズで優勝(1972年)、伝説的センター、史上最高のリバウンダーの一人 |
| 22 | エルジン・ベイラー | レイカーズの初代スーパースター、60年代を代表するスコアラー |
| 25 | ガイル・グッドリッチ | 1972年の優勝メンバー、長年にわたり得点源として活躍 |
| 32 | マジック・ジョンソン | 5度のNBA優勝、ファイナルMVP3回、史上最高のPG、1980年代のショータイムを象徴 |
| 33 | カリーム・アブドゥル=ジャバー | 得点記録保持者、6度のMVP、レイカーズで5度の優勝 |
| 34 | シャキール・オニール | 2000〜2002年の3連覇を支えた支配的センター、ファイナルMVP3回連続受賞 |
| 42 | ジェームズ・ウォージー | 1980年代のショータイム・レイカーズの一角、1988年ファイナルMVP |
| 44 | ジェリー・ウェスト | レイカーズのレジェンド、後にGMとしてもチームを成功へ導く(NBAロゴのモデル) |
| 52 | ジャマール・ウィルクス | 3度の優勝、オールラウンダーなフォワードとして80年代初期を支える |
チームロスター
| 番号 | 名前 | 国 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|
| 2 | ジャレッド・バンダービルト | USA | 203 | 97 |
| 4 | ダルトン・コネクト | USA | 196 | 97 |
| 7 | ゲイブ・ビンセント | USA | 188 | 91 |
| 9 | ブロニー・ジェームズ | USA | 188 | 95 |
| 10 | クリスチャン・コロコ | CMR | 216 | 104 |
| 11 | ジャクソン・ヘイズ | USA | 213 | 100 |
| 14 | マキシ・クレバー | GER | 206 | 98 |
| 15 | オースティン・リーブス | USA | 196 | 89 |
| 17 | ドリアン・フィニー=スミス | USA | 201 | 100 |
| 20 | シェイク・ミルトン | USA | 196 | 93 |
| 23 | レブロン・ジェームズ | USA | 206 | 113 |
| 27 | アレックス・レン | UKR | 213 | 113 |
| 28 | 八村塁 | JPN | 203 | 104 |
| 30 | ジョーダン・グッドウィン | USA | 196 | 100 |
| 55 | トレイ・ジェイミソン | USA | 211 | 118 |
| 77 | ルカ・ドンチッチ | SLO | 201 | 99 |
| 88 | マーキーフ・モリス | USA | 206 | 111 |
チームスタッフ
ポートランドトレイルブレイザーズのスタッフ(2024年時点)
■ 経営陣・フロントオフィス
エドワード・P・ロスキ・ジュニア(共同オーナー)
パトリック・スーン=シオン(共同オーナー)
バス・ファミリー・トラスト(オーナー、筆頭株主)
ジム・バス(オルタネート・ガバナー)
ジーニー・バス(ガバナー、最高経営責任者)
リック・アレン(最高技術責任者)
ダン・グリグスビー(法務顧問)
ティム・ハリス(事業部門社長)
ジョー・マコーマック(最高財務責任者、上級副社長)
ロバート・ララ(チームセキュリティ部長)
■ バスケットボール運営・フロント
ロブ・ペリンカ(バスケットボール運営部副社長兼ゼネラルマネージャー)
ジェシー・バス(アシスタントGM、スカウティング部門責任者)
フィリップ・チャン(バスケットボール戦略ディレクター)
カート・ランビス(バスケットボール業務ディレクター)
ビル・バートカ(バスケットボール・コンサルタント)
ビル・シャーマン(スペシャル・コンサルタント)
サム・アッシャー(バスケットボール運営部ディレクター)
ロンドレ・ジャクソン(選手育成ディレクター)
アナベル・パディーリャ(選手育成ディレクター)
トーマス・スコット(選手育成)
エリカ・キング(選手育成コーディネーター)
A.J.・カー(バスケットボール運営アシスタント)
アレクス・アブラハム(同上)
アヴィアイ・バラダラジャン(同上)
ライアン・アレバロ(同上)
■ コーチングスタッフ
J.J.・レディック(ヘッドコーチ)
J.D.・デュボワ(アシスタントコーチ)
シューラー・リマー(同上)
ボー・ルヴェスク(同上)
ボブ・バイヤー(同上)
グレッグ・セント・ジーン(同上)
リンジー・ハーディング(同上)
ネイト・マクミラン(同上)
スコット・ブルックス(同上)
■ 映像分析スタッフ
デヴィッド・サージ(アシスタント映像コーディネーター)
ラリク・ワイズ(同上)
マイカ・フラクション(ヘッド映像コーディネーター)
■ スカウティング部門
ショーン・バス(スカウト)
イラン・ヴィノクーロフ(同上)
アーロン・ジャクソン(同上)
ジョージ・ユーイング(同上)
アントニオ・マセイラス(国際スカウト)
カン・ペリスター(同上)
■ 医療・パフォーマンス部門
ドクター・ジュディ・セト(スポーツパフォーマンス・ディレクター)
ヴァネッサ・ブルックス(ヘッドアスレティックトレーナー)
チャッティン・ヒル(ヘッドS&Cコーチ)
エド・ストライト(同上)
アンソニー・バリー(アシスタントS&Cコーチ)
ランディ・フローレス(同上)
マイク・マンシャス(パフォーマンスコーチ、アスレティックトレーナー)
ジョン・アイショップ(アシスタントアスレティックトレーナー)
オクタヴィオ・マルケス(同上)
イセラ・サンチェス(同上)
シェイン・ベセディック(同上)
ロン・ウェザース(理学療法士)
■ メディア・放送関連
スチュ・ランツ(テレビアナリスト)
ビル・マクドナルド(テレビ実況)
ジョン・アイルランド(ラジオ実況)
マイカル・トンプソン(ラジオ解説)
ローレンス・タンター(場内アナウンサー)
アリソン・ボグリ(広報ディレクター)
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
2025年
1巡目指名権はアトランタ・ホークスに譲渡。
2巡目指名権はレイカーズが保有。
2026年
1巡目指名権はレイカーズが保有。
2巡目指名権は、クリーブランド経由でマイアミからトロントに譲渡。
2027年
1巡目指名権:順位が1位から4位の場合はレイカーズが保有、それ以外はユタ・ジャズに譲渡。
2巡目指名権は、レイカーズが1巡目をユタに渡した場合、ブルックリン・ネッツに譲渡。それ以外はユタに譲渡。
2028年
1巡目指名権はレイカーズが保有。
2巡目指名権は、レイカーズとワシントン・ウィザーズの順位が高い方がオーランドに渡り、残りがワシントンに渡る。
2029年
1巡目指名権はダラス・マーベリックスに譲渡。
2巡目指名権はワシントン・ウィザーズに譲渡。
2030年
1巡目指名権はレイカーズが保有。
2巡目指名権はブルックリン・ネッツに譲渡。
2031年
1巡目指名権はレイカーズが保有。
2巡目指名権はブルックリン・ネッツに譲渡
ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



