Indiana Pacers

インディアナ ペイサーズ

  1. チーム情報
  2. 歴史
  3. 創設の背景
  4. 永久欠番
  5. チームロスター
  6. チームスタッフ
  7. チームサラリー表
  8. 保有ドラフト指名権

チーム情報

アリーナ所在地
ゲインブリッジフィールドハウス
アメリカ合衆国 インディアナ州インディアナポリス
ペンシルベニア通り125番地
〒46204

収容人数
18,345人

アリーナ公式サイト
https://www.gainbridgefieldhouse.com/


ロゴについて
1. 初期のロゴ(1967年 – 1977年)
ペイサーズが1967年にNBAに参入した際、最初のロゴは非常にシンプルでした。このロゴには、バスケットボールのイメージを象徴するボールがデザインされていました。文字で「INDIANA」や「PACERS」などは記載されず、基本的にはシンプルなシンボルでした。

特徴:
ロゴ内にバスケットボールが描かれ、ペイサーズのチームカラーである青とゴールドが使われていました。

2. 1977年 – 1985年:初の「インディアナ・ペイサーズ」ロゴ
1977年、インディアナ・ペイサーズはより洗練されたデザインのロゴに変更しました。このデザインは、バスケットボールと競技を象徴する「ペースカー(Pacer)」のイメージを組み合わせたものです。

特徴:
ペースカーを模した車のイラストが、バスケットボールの周りに描かれました。
チーム名「PACERS」が大文字でロゴに追加され、視覚的に強調されました。
文字フォントも変更され、より現代的な印象を与えました。

3. 1985年 – 2005年:ダイナミックなデザイン
1985年、ペイサーズはロゴを再度刷新し、よりダイナミックな印象を与えるデザインに進化しました。この時期のロゴは、ペースカー(Pacer)をモチーフにしたものが続きましたが、スピード感とダイナミズムが強調されるようなスタイルでした。

特徴:
ロゴに「P」の文字が特徴的にデザインされ、「P」の中にバスケットボールが描かれる形式でした。
ロゴ全体が斜めに傾き、スピード感を表現しました。
チームカラーの青と金色を基調とした配色はそのままでしたが、ロゴに加わる文字やシンボルは一層シンプルになり、視覚的に洗練されました。

4. 2005年 – 現在:現在のロゴデザイン
2005年、インディアナ・ペイサーズは新しいロゴを採用し、現在もそのデザインを使用しています。新しいロゴは、バスケットボールのイメージを強調したシンプルで効果的なデザインです。

特徴:
「P」の形をしたシンプルでスタイリッシュなシンボルが採用され、これはバスケットボールを表すとともに、ペースカーを象徴しています。
このロゴは青と金色の配色を基盤としており、チームカラーを引き立てています。
デザインはクリーンでモダンな印象を持ちながらも、クラシックなバスケットボールチームの要素を反映しています。

ロゴ変遷の要点
初期のロゴはシンプルで直線的でしたが、次第にバスケットボールやスピード感を表現するデザインへと進化しました。
1980年代後半から1990年代初頭にかけては、バスケットボールとペースカーを組み合わせた動きのあるロゴが特徴でした。
現在のロゴはシンプルながらもモダンでスタイリッシュであり、インディアナ・ペイサーズの歴史と伝統を踏まえたデザインが施されています。

このように、ペイサーズのロゴは時代とともに洗練され、バスケットボールの競技性やチームのアイデンティティを象徴するデザインに変化してきました。

ABA優勝回数 3回
🏆 1969–70シーズン(vs. ロサンゼルス・スターズ)
ファイナルMVP:ジョージ・マクギニス
ペイサーズはABA創設初期において、強力な選手層を誇り、シーズン終了後のプレイオフでロサンゼルス・スターズと対戦し、見事にABAファイナルを制しました。この時、ジョージ・マクギニスがチームのエースとして活躍し、ファイナルMVPに選ばれました。

🏆 1972–73シーズン(vs. ヘンリー・ウォルシュ・オークランド・オークス)
ファイナルMVP:レジー・ミラー
ペイサーズは再び強力なロースターでプレイし、オークランド・オークスとのABAファイナルを制しました。このシーズンでは、レジー・ミラーが活躍し、ファイナルMVPとしてチームを牽引しました。

🏆 1973–74シーズン(vs. ニューオーリンズ・バケッツ)
ファイナルMVP:デビッド・トンプソン
ペイサーズは続くABAファイナルでも勝利を収め、3度目のABA優勝を達成しました。このシーズン、デビッド・トンプソンがファイナルMVPに選ばれ、チームの優勝に大きく貢献しました。

NBA優勝回数 0回

チーム公式サイト
https://www.nba.com/pacers/


公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/pacers/tickets/single-game


チーム公式ショップ
https://www.pacersteamstore.com/


日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/indiana-pacers/t-3369?ab=%7Bwt-static_graphic%7D%7Bpt-home%7D%7Bal-teamlinks%7D%7Bct-indiana_pacers%7D


傘下Gリーグチーム
インディアナ・マッドアンツ
https://fortwayne.gleague.nba.com/

歴史

インディアナ・ペイサーズ(Indiana Pacers)は、1967年に創設されたNBAのプロバスケットボールチームで、インディアナ州インディアナポリスを拠点としています。

創設の背景

1. ABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)の創設とチームの設立
1960年代後半、NBA以外にも新しいバスケットボールリーグが設立される動きがありました。特に、NBAが支配的な立場にあった中で、競争を挑戦する形で1967年に創設されたのがアメリカン・バスケットボール・アソシエーション(ABA)でした。ABAは、より速いペースとエンターテインメント性のあるバスケットボールを推進し、NBAと並ぶリーグを目指していました。

インディアナポリスはその成長に合わせて、ABAの創設メンバーとしてインディアナ・ペイサーズを設立することを決定しました。ペイサーズは、ABAの中でも強い存在となり、地域のバスケットボールファンの支持を集めました。

2. チーム名「ペイサーズ」の由来
ペイサーズという名前は、インディアナ州の経済的・歴史的な背景に由来しています。インディアナ州は、かつて「インディアナポリス500」という有名なモータースポーツイベントを開催しており、その影響で自動車業界や関連産業が重要な産業でした。ペイサーズという名前は、インディアナ州の豊かな文化と、地域の経済を象徴するものとして選ばれました。

また、ABA創設当初、ペイサーズはリーグ内で競り合っていたチームの中でも成功を収め、地域密着型のチームとしてファンから愛される存在になりました。特に、チーム名はペース(速さ)を意味しており、当時のABAが推進していた「速いゲームスタイル」とも調和していました。

3. 初期の成功
ペイサーズは創設から数年以内にABAで最も成功したチームの一つとなり、1969年には最初のABAチャンピオンとなりました。その後も、ペイサーズは1970年代にかけてABAチャンピオンを複数回獲得し、リーグ内で強い存在感を誇りました。

4. NBAとの統合
ABAは1976年にNBAと統合し、ペイサーズもその一員としてNBAに参加することとなります。この時期に、ペイサーズはNBAの舞台で新たな挑戦を迎えることとなり、その後もインディアナポリスのバスケットボールファンを魅了し続けることになります。

5. 地域との結びつき
ペイサーズはインディアナ州の文化や歴史に強く根ざしたチームであり、地域密着型の運営を続けてきました。インディアナポリスを拠点とし、地元のファンとのつながりを大切にし、バスケットボールの普及と支持を集めてきました。

創設後の発展

🔴 1970年代(1976–1979):創設からの成功とABAとの統合
チーム誕生と新たな時代の幕開け
インディアナ・ペイサーズは1967年に創設され、ABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)リーグに参加しました。当初、インディアナ州はバスケットボールに強い伝統があり、地元で多くの支持を集めることができました。チーム名の「ペイサーズ」は、インディアナ州のモータースポーツや、レースに関連する伝統から来ています。特に、インディアナポリス500マイルレースなどがその背景にあり、地元の文化を反映しています。

初期の成功とABAでの躍進
ペイサーズは1967年に創設され、すぐにABAリーグで成功を収めます。特に初期の1970年代には、リック・バリーやジョージ・マクギニスなどの有能な選手たちが活躍し、強力なチームを作り上げました。1970年、チームは初のABAチャンピオンとなり、その後も1972年、1973年と続けて優勝を果たし、ABAを代表する強豪チームへと成長しました。

1980年代(1980–1989):NBAへの移行と新たな挑戦
NBAとの統合
1976年、ABAとNBAが統合され、インディアナ・ペイサーズはNBAの一員となりました。この統合によって、ペイサーズは新たな舞台での挑戦を迎えましたが、NBAの強豪チームと競り合うためにはさらなる努力が必要でした。統合初年度はペイサーズにとって難しい時期であり、特に選手層や戦力においてNBAの他のチームに遅れを取ることがありました。

再建と選手層の強化
1980年代を通じて、ペイサーズは徐々に再建を始めました。特に1985年には、アメリカ代表選手であるジョン・威廉ズやオスカー・ロバートソンの影響で、チームのレベルは向上していきました。1987年には、ペイサーズはプレーオフに進出し、最終的に優れたチーム作りが進みました。特に1987年のドラフトで選ばれたリック・スミッツは、長年にわたりチームの中心選手として活躍し、ペイサーズのフランチャイズ選手としての地位を確立しました。

1990年代(1990–1999):コンテンダーへの進化
成長と成功の時代
1990年代に入ると、ペイサーズは再び強さを取り戻し、NBAの競争力のあるチームへと進化しました。特に1994年から1995年にかけて、ペイサーズは常にプレーオフ進出を果たし、1998年には待望のNBAファイナル進出を果たしました。1990年代後半は、ペイサーズがNBAの中でも強豪チームの一角に名を連ねる時期となり、特にリック・スミッツやマーク・ジャクソン、アーニー・ジョンソンなどが活躍しました。

1999年のNBAファイナル進出
ペイサーズは、1999年にはNBAファイナル進出を果たし、チームの成長と実力を証明しました。この年はペイサーズにとって転機となり、今後の成功へ向けた重要なステップとなりました。

2000年代(2000–2009):黄金時代の到来
新たなコア選手と連携
2000年代に入ると、ペイサーズは新たなコア選手を迎え、さらなる成功を収めることとなります。特に、フランク・ヴォーゲル監督の指導のもと、チームは強力なディフェンスとバランスの取れたオフェンスを誇るようになりました。特に、ポール・ジョージ、ダニー・グレンジャー、ロイ・ヒバートなど、今後のフランチャイズプレーヤーたちが台頭し、ペイサーズは強い競争力を持つようになりました。

2004年の成功とプレーオフ
2004年、ペイサーズはNBAの中でも最も安定したチームの一つとなり、プレーオフでの活躍を見せました。特にこの時期は、マイケル・ジョーダンの引退後にペイサーズが再び東カンファレンスで強いチームとして君臨し、トップシードとして注目されました。

2010年代(2010–2019):新たな挑戦と再構築
ポール・ジョージと共に
2010年代に入ると、ポール・ジョージがペイサーズの顔となり、チームは再び注目を集めます。特に、2013年から2014年にかけては、ペイサーズは東カンファレンス・ファイナルに進出し、マイアミ・ヒートとの激闘を繰り広げました。この時期、ペイサーズは強いディフェンスとスリリングな試合でファンを魅了しました。

再建と未来への期待
2017年にはポール・ジョージがトレードで退団し、ペイサーズは再び再建を余儀なくされました。しかし、新たなコア選手を迎え、再度競争力を持つチームへと成長することを目指していきます。

2020年代(2020–現在):再起と若手選手の台頭
新たなリーダーシップ
2020年代に入り、インディアナ・ペイサーズは新たなリーダーシップを発揮し、再起を果たすべく努力を重ねています。特に若手選手たちの成長がチームにとって重要な鍵となっており、タイリース・ハリバートンやマイルズ・ターナーといった選手が中心となり、今後の成長が期待されています。また、チームは再建を進めながらも、プレーオフ進出を目指して挑戦を続けています。

ペイサーズは、過去の栄光を取り戻すために再び強いチームを作り上げ、ファンからの期待に応えるべく努力しています。

永久欠番

番号名前主な功績
30ジョージ・マクギニスABA時代のペイサーズを代表するスーパースター。1973年の優勝に大きく貢献し、ABA MVPにも輝いた。
31レジー・ミラークラッチシューターとして知られ、18年間にわたりペイサーズ一筋で活躍。5度のオールスター選出。通算得点・3P成功数で球団記録を保持。
34メル・ダニエルズABAで2度のMVPに輝いた支配的なセンター。ペイサーズの3度のABA優勝に大きく貢献。
35ロジャー・ブラウンABA初期のスター選手で、1970年のファイナルMVP。得点力とリーダーシップでチームを牽引。
529ボビー・“ナット”・レナード名将として1970年代のペイサーズを3度のABA優勝へ導いた。背番号ではなく、勝利数「529」が称えられている。

チームロスター

番号名前国略称身長(cm)体重(kg)
0タイリース・ハリバートンUSA19679
0ベネディクト・マサリンCAN19695
1オビ・トッピンUSA206100
2アンドリュー・ネムハードCAN19688
3トーマス・ブライアントUSA208112
5ジャレス・ウォーカーUSA203107
8エンリケ・フリーマンUSA20195
9T・J・マッコネルUSA18587
10レイジェイ・デニスUSA18882
12ジョニー・ファーフィーAUS20691
13トニー・ブラッドリーUSA208111
16ジェームズ・ジョンソンUSA201109
22アイザイア・ジャクソンUSA20893
23アーロン・ネスミスUSA19698
26ベン・シェパードUSA19886
29クエントン・ジャクソンUSA19678
33マイルズ・ターナーUSA211113
43パスカル・シアカムCMR206104

チームスタッフ

インディアナ・ペイサーズのスタッフ(2024年時点)

🏀【バスケットボール部門】
フロントオフィス:
ケビン・プリチャード:バスケットボール運営部門社長(2016年~現在)
チャド・ブキャナン:ゼネラルマネージャー(2017年~現在)
ソニア・クルティンジャー:バスケットボール管理部門副社長
カレン・アトケソン:選手関係部門副社長
ライアン・カー:選手人事部門副社長
マイケル・プレストン:バスケットボールコミュニケーション部門副社長

コーチングスタッフ:
リック・カーライル:ヘッドコーチ(2021年~現在)
ジム・ボイレン、ジェニー・ブーセック、ロイド・ピアス、マイク・ワイナー:アシスタントコーチ
アイザック・ヤコブ、モーリス・ベイカー、ジャネロ・パーゴ:アシスタントコーチ(選手育成担当)

アナリティクス&データ部門:
スペンサー・アンダーソン:バスケットボールアナリティクス部門シニアディレクター
ブレイディ・ベイカー:シニアバスケットボールデータアナリスト
サラ・ケスラー:パフォーマンスデータアナリスト

スカウト部門:
ヴァンス・キャトリン:プロスカウティング部門副社長
カール・ニックス、ホセ・ルイス・ガリレア、アレクサンダー・パジョビッチなど:スカウト陣

オペレーション&サポート部門:
ザック・イーグル:チームオペレーションディレクター
スペンサー・アーロン:バスケットボールオペレーションインターン
マーティン・トンベ、ルーク・ステファンズ:ビデオコーディネーター
テッド・ウー:キャップスペシャリスト

🧠【医療・パフォーマンス部門】
ジョシュ・コービル:ヘッドアスレティックトレーナー / シニアディレクター(メディカルオペレーション)
カール・イートン:アソシエイトヘッドアスレティックトレーナー / フィジカルセラピスト
フィル・アンスログ:スポーツサイエンス部門ディレクター
ジェイミー・ルービン:スポーツ心理学部門ディレクター
クリス・カー、アダム・シャンク:パフォーマンス心理学者
ティム・ハプファー博士、キング・イー博士、ロビン・トーマン歯科医:チームドクター(整形、心臓、歯科など)

🧑‍💼【経営・管理部門】
リック・フューソン:社長
トッド・テイラー:エグゼクティブバイスプレジデント(営業・マーケティング担当)
ケビン・バワー:エグゼクティブバイスプレジデント / CFO
フランク・プライス:最高法務責任者 / エグゼクティブバイスプレジデント
カール・セレソリ:最高技術責任者

💡【マーケティング・メディア・イベント部門】
ケイト・デントン:マーケティング部門副社長
ジェフ・ジョンソン:クリエイティブサービスディレクター
スペンサー・マーティン:コンテンツプロダクションディレクター(Pacers Gaming)
レニック・ボウマン:デジタルモーショングラフィックデザイナー
クリス・デナリ:TVアナウンサー
パット・ボイラン、マーク・ボイル:ラジオ放送陣

🛠【施設・セキュリティ部門】
メロディ・パーク、ハリー・ジェームズ:施設運営部門副社長
ジョン・ボール:セキュリティ部門副社長
ジョー・スミス:エグゼクティブプロテクションディレクター

🍽【ホスピタリティ・ケータリング部門】
エリン・ドゥロヒ:ゲストおよび料理体験部門シニアディレクター
ブラッドリー・デルク:アシスタントチームシェフ
ジョリー・ワトソン:チーム栄養マネージャー

チームサラリー表

保有ドラフト指名権

2025年
1巡目: 自分のピック(Own)

2巡目: 自分のピック(Own)、CHA 56-59(GOS経由)、MIA 31-37

2026年
1巡目: 1-4位は自分のピック(Own)、5-30位はNOP(TOR経由)

2巡目:

最も不利なもの(IND、MIA、SANのうち)MINへ

もう1つの最も有利なもの(SANまたはINDとMIAのうち)SANへ

最も有利なもの(BOSまたはINDとMIAのうち)BOSへ、その後MEMまたはHOUへ(MEMがLACにスワップした場合、LACはHOUに譲渡)

TOR 56-60(TOR経由)

2027年
1巡目: 1-4位は自分のピック(Own)、5-30位はNOPへ(TOR経由で未決定の場合)

2巡目:

最も有利なもの(IND、OKC、HOU、MIAのうち)OKCへ

2番目、3番目に有利なものをNYKへ

SANとIND、OKC、HOU、MIAのうち最も不利なものをSANへ、その後MIAへ

HOU→DET→OKC→NYK(複数のスワップ経由)

UTH(INDがNOPに1巡目ピックを譲渡した場合、CLE経由)

2028年
1巡目: 自分のピック(Own)

2巡目:

INDとPHXのうち有利なものNYKへ

INDがNOPに1巡目ピックを譲渡した場合、SAC経由でDALへ

2029年
1巡目: 自分のピック(Own)

2巡目:

INDとWASのうち有利なものをPORへ(IND→NYK経由)

POR(PHL経由)

2030年
1巡目: 自分のピック(Own)

2巡目: 自分のピック(Own)、SAC経由

2031年
1巡目: 自分のピック(Own)

2巡目: INDとMIAのうち最も不利なものをUTHへ(MIAがINDのピックをスワップした場合)

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