
New York Knicks
ニューヨーク ニックス
チーム情報
アリーナ所在地
マディソン・スクエアガーデン
アメリカ合衆国ニューヨーク州 ニューヨーク市 マンハッタン区
ペンシルベニア・プラザ 4番地
〒10001
収容人数
19,812人
アリーナ公式サイト
https://www.msg.com/madison-square-garden/
ロゴについて
1・1946年~1964年:ファーザー・ニッカーボッカー時代
チーム創設時のロゴは、「ファーザー・ニッカーボッカー」と呼ばれるキャラクターがバスケットボールをドリブルしているデザインでした。このキャラクターは、ニューヨークの初期移民であるオランダ人を象徴しており、青とオレンジのチームカラーが使用されていました。
Wikipedia
2・1964年~1992年:クラシック・ラウンドボール時代
1964年、ロゴはバスケットボールの上に「KNICKS」の文字を配置したシンプルなデザインに変更されました。この「クラシック・ラウンドボール」ロゴは、以降の30年間にわたり使用され、チームの象徴的なイメージとなりました。
3・1992年~現在:現行ロゴの導入
1992年、デザイナーのマイケル・ドレット氏によって現在のロゴがデザインされました。このロゴは、未来的なフォントで描かれた「KNICKS」の文字がバスケットボールの上に配置され、シルバーの三角形がアクセントとして加えられています。このデザインは、ニューヨークのアールデコ建築をイメージしており、都市のモダンな雰囲気を反映しています。
このように、ニューヨーク・ニックスのロゴは時代とともに変遷し、チームのアイデンティティを象徴する重要な要素として進化を遂げてきました。
NBA優勝回数 2回
🏆 1969-70シーズン(vs. ロサンゼルス・レイカーズ)
🏆 1972-73シーズン(vs. ロサンゼルス・レイカーズ)
チーム公式サイト
https://www.nba.com/knicks/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/knicks/tickets/single?utm_medium=web&utm_campaign=onsale
チーム公式ショップ
https://www.nba.com/knicks/tickets/single?utm_medium=web&utm_campaign=onsale
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/new-york-knicks/t-3378?ab=%7Bwt-static_graphic%7D%7Bpt-home%7D%7Bal-teamlinks%7D%7Bct-new_york_knicks%7D
傘下Gリーグチーム
ウェストチェスター・ニックス
https://westchester.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
ブルックリン・ネッツは、1967年にアーサー・J・ブラウンによって設立され、ABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)の創設メンバーとして参戦した。
創設の背景
1. NBA創設前夜(1940年代)
1946年、当時のアメリカではバスケットボールが急速に人気を集めつつあり、新たなプロリーグの設立が検討されていました。特にニューヨークはスポーツ市場として非常に重要視されていました。
2. BAA(バスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ)の設立
1946年、アイスホッケーリーグ「NHL」のチームオーナーたちがバスケットボールのプロリーグを作ることを決定し、**BAA(Basketball Association of America)**が発足しました。これは後のNBAの前身となるリーグです。
3. ニックス誕生(1946年)
ニューヨークの不動産開発業者であり、スポーツ運営にも精通していたネッド・アイリッシュが、BAAのニューヨーク・フランチャイズ権を獲得し、チームを創設しました。
4. チーム名の由来
チーム名は「ニューヨーク・ニッカーボッカーズ(New York Knickerbockers)」に決定されました。「ニッカーボッカーズ」とは、17世紀にニューヨーク(当時はニューアムステルダム)に移住したオランダ人の子孫を指す言葉で、当時のニューヨークを象徴する名前でした。
「ニッカーボッカーズ」とは?
「ニッカーボッカーズ(Knickerbockers)」という言葉は、17世紀にニューヨーク(当時はオランダ領ニューアムステルダム)に移住したオランダ人移民とその子孫を指す言葉です。
また、「Knickerbockers」はもともと**膝丈のズボン(ニッカー・ボッカー)**を意味する英単語で、17世紀のオランダ人男性がよく履いていたスタイルでした。そのため、のちに「ニューヨークのオランダ系住民」の象徴的な名称として使われるようになりました。
「ニッカーボッカーズ」の広まり
「ニッカーボッカーズ」が一般的に広く使われるようになったきっかけは、1809年にアメリカの作家ワシントン・アーヴィングが発表した著書『ニューヨークの歴史(A History of New York)』にあります。
この本の中で、アーヴィングは「ディードリッヒ・ニッカーボッカー(Diedrich Knickerbocker)」という架空のオランダ系ニューヨーカーを主人公として登場させました。
このキャラクターが非常に有名になったことで、「ニッカーボッカー」という言葉は「ニューヨークの伝統や文化を象徴するもの」として定着しました。
ニューヨークのシンボルとしての「ニッカーボッカーズ」
19世紀から20世紀初頭にかけて、ニューヨークの人々は「Knickerbocker」という言葉を「典型的なニューヨーカー」を指す言葉として使うようになりました。
特に、ニューヨークの裕福な市民層や伝統的な家系の出身者を指すことが多くなり、同時にニューヨークの象徴的な名称となりました。
チーム名「ニューヨーク・ニックス」の誕生
1946年、NBAの前身であるBAA(Basketball Association of America)が設立され、ニューヨークのフランチャイズチームを創設することになりました。
このとき、チームオーナーのネッド・アイリッシュがチーム名を決めるにあたり、「ニューヨークの歴史を象徴する名前が良い」と考えました。そこで、ニューヨークを代表する伝統的な名称「New York Knickerbockers」を採用しました。
しかし、長すぎるため、一般的には「ニューヨーク・ニックス(New York Knicks)」と短縮して呼ばれるようになりました。
創設後の発展
・1940年代(創設期)
1946年、**BAA(バスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ)**の創設メンバーとしてニューヨーク・ニックスが誕生。
1947年、リーグ初の試合でトロント・ハスキーズを破り、勝利を飾る。
ニックスは初期からプレーオフに進出し、BAAの中で安定した成績を残す。
1949年、BAAとNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)が合併し、**NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)**が誕生。
・1950年代(成長期)
1950年、NBA史上初の黒人選手ネイト・“スウィートウォーター”・クリフトンと契約し、リーグの歴史に名を刻む。
1951年~1953年、3年連続でNBAファイナルに進出するも、いずれも惜しくも敗退。
ニックスの試合はマディソン・スクエア・ガーデンでの観客動員を伸ばし、バスケットボール人気の高まりに貢献。
1955年以降、主力選手の退団や戦術の遅れにより、チームは徐々に低迷。
・1960年代(低迷期)
1960年代前半はチームの成績が低迷し、プレーオフ進出も困難に。
1964年、ウィリス・リードをドラフト指名し、未来のチームリーダーを獲得。
1967年、名将レッド・ホルツマンがヘッドコーチに就任し、チーム改革を開始。
ドラフトでウォルト・フレイジャー、ビル・ブラッドリーら有望な選手を獲得し、再建の土台を築く。
・1970年代(黄金期)
1970年、ウィリス・リード、ウォルト・フレイジャー、ビル・ブラッドリー、デイヴ・ディバッシャー、アール・モンローらの活躍でNBA初優勝を達成。
1973年、再びNBAファイナルを制し、2度目の優勝を果たす。
チームプレーを重視した「パス&ムーブ」のスタイルが確立し、リーグ屈指の人気チームに。
しかし、1974年以降は主力の衰えや移籍で成績が下降し、低迷期に突入。
・1980年代(苦戦期)
1970年代後半からの主力退団により、成績が安定せずプレーオフ進出が困難に。
1985年、NBAドラフト1位でパトリック・ユーイングを指名し、再建開始。
ユーイングを中心にチームの競争力が回復し、プレーオフ常連に戻る。
1989年、名将パット・ライリーがヘッドコーチに就任し、ディフェンス重視のスタイルを確立。
・1990年代(強豪復活)
1994年、パトリック・ユーイングを中心にNBAファイナル進出を果たすが、ヒューストン・ロケッツに敗退。
マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズとの熾烈なライバル関係が話題に。
1999年、第8シードから奇跡のNBAファイナル進出を果たすが、サンアントニオ・スパーズに敗れる。
強豪として安定した成績を残すも、ユーイングの衰えとともに再び低迷へ。
・2000年代(低迷期)
2000年、パトリック・ユーイングが移籍し、チームは完全な再建期に突入。
2003年、アイザイア・トーマスがGMに就任し、大型補強を試みるもチームは低迷。
2008年、ドニー・ウォルシュGMがチームの給与問題を整理し、再建計画をスタート。
・2010年代(カーメロ時代)
2010年、カーメロ・アンソニーとアマレ・スタウダマイアーを獲得し、プレーオフ進出を果たす。
2013年、20年ぶりにアトランティック・ディビジョン優勝を果たすが、プレーオフではインディアナ・ペイサーズに敗北。
しかし、その後は主力の衰えやチーム運営の不安定さにより再び低迷。
・2020年代(再建と復活)
2021年、ジュリアス・ランドルの活躍でプレーオフ進出を果たし、久々に明るい兆し。
2023年、ジェイレン・ブランソン獲得によりチーム力が向上し、プレーオフ常連チームへの復活を目指す。
若手選手とベテランが融合し、再び強豪チームへと成長を続けている。
永久欠番
| 番号 | 名前 | 主な功績 |
|---|---|---|
| 10 | ウォルト・フレイジャー | 2×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 12 | ディック・バーネット | 1×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 15 | ディック・マグワイア | 7×ALLスター |
| 15 | アール・モンロー | 1×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 19 | ウィリス・リード | 2×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 22 | デイブ・ディバッシャー | 1×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 24 | ビル・ブラッドリー | 1×NBAチャンピオン、殿堂入り |
| 33 | パトリック・ユーイング | 11×ALLスター、殿堂入り |
チームロスター
| No | Name | 国 | 年齢 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0 | デロン・ライト | US | 32 | 196 | 84 |
| 0 | マージョン・ボウチャンプ | US | 24 | 201 | 90 |
| 1 | キャメロン・ペイン | US | 30 | 191 | 83 |
| 2 | マイルズ・マクブライド | US | 24 | 185 | 89 |
| 3 | ジョシュ・ハート | US | 30 | 193 | 98 |
| 4 | パコメ・ダディエ | FR | 19 | 203 | 95 |
| 5 | プレシャス・アチウワ | NG | 25 | 203 | 110 |
| 8 | OG・アヌノビー | UK | 27 | 201 | 109 |
| 9 | ケビン・マッカラーJr. | US | 24 | 198 | 95 |
| 11 | ジェイレン・ブランソン | US | 28 | 188 | 86 |
| 13 | タイラー・コーレック | US | 24 | 191 | 89 |
| 17 | PJ・タッカー | US | 39 | 196 | 111 |
| 23 | ミッチェル・ロビンソン | US | 27 | 213 | 109 |
| 25 | ミケル・ブリッジズ | US | 28 | 198 | 95 |
| 28 | アントン・ワトソン | US | 24 | 203 | 102 |
| 32 | カール・アンソニー・タウンズ | US | 29 | 213 | 113 |
| 44 | ランドリー・シャメット | US | 28 | 193 | 86 |
| 55 | アリエル・フクポルティ | DE | 22 | 211 | 112 |
チームスタッフ
ニューヨーク・ニックス 組織概要
MSG Sports エグゼクティブ・マネジメント
エグゼクティブ・チェアマン: ジェームズ・L・ドラン
バイス・チェアマン: グレッグ・シーベルト
プレジデント(ニューヨーク・ニックス): レオン・ローズ
エグゼクティブ・バイス・プレジデント / シニア・バスケットボール・アドバイザー: ウィリアム・ウェズリー
最高執行責任者(COO): ジャマール・レサーン
エグゼクティブ・バイス・プレジデント: デビッド・グランビル・スミス
エグゼクティブ・バイス・プレジデント / 最高財務責任者(CFO)/ 財務担当: ヴィクトリア・ミンク
チームコーチングスタッフ
ヘッドコーチ: トム・シボドー
アシスタントコーチ: ダニエル・ブレイディ、リック・ブランソン、マーク・ブライアント、モーリス・チークス、ダレン・アーマン、アンディ・グリアー、オセラ・ハリントン
アナリティクス / 選手育成アシスタントコーチ: 吉本大輔(ヨシモト・ダイスケ)
ツーウェイ・リエゾン: クワゾ・アヘレグベ
アドバンススカウト / アシスタントコーチ: ラリー・グリアー
バスケットボール・オペレーションズ
VP(バスケットボール & 戦略プランニング): ブロック・アラー
VP(選手リーダーシップ & 育成): アラン・ヒューストン
バスケットボール・アンバサダー: パトリック・ユーイング
アシスタントGM(大学スカウティング): ウォルター・ペリン
アシスタントGM(プロスカウティング): フランシス・ザニン
チームメディカルスタッフ
VP(スポーツメディシン): ケイシー・スミス
チームリード医師: ダフネ・スコット医師
リード整形外科医: アンスワース・A・アレン医師
アソシエイト整形外科医: マーク・ドラコス医師
ヘッドアスレチックトレーナー: アンソニー・ゴエナガ
ストレングス & コンディショニング責任者: タイラー・イートン
リハビリディレクター: アンドリュー・スモール
放送情報
アナウンサー(MSG Networks): エド・コーエン
テレビ解説(MSG): マイク・ブリーン、ウォルト・フレイジャー
引用元 https://www.nba.com/knicks/front-office?icmp=int_web_knicks_team_leadership_footer_220106
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
2025年ドラフト
1巡目:
ブルックリン(BRK)に指名権を譲渡
ワシントン(WAS)から指名権獲得(11-30位、ヒューストン(HOU)からオクラホマシティ(OKC)を経由)
2巡目:
指名権没収
ボストン(BOS)とメンフィス(MEM)のうち最も有利な指名権(ボストン経由でOKCを経由)
デトロイト(DET)から指名権獲得(56-59位)
2026年ドラフト
1巡目:
自チームの指名権を保持
ワシントン(WAS)から指名権獲得(9-30位、未確定、ヒューストン(HOU)からオクラホマシティ(OKC)経由)
2巡目:
ニューヨーク(NYK)とミネソタ(MIN)のうち最も不利な指名権
ニューヨーク(NYK)、ミネソタ(MIN)、ニューオーリンズ(NOP)、ポートランド(POR)のうち最も有利な指名権(ボストン経由)
(i)ニューヨーク(NYK)とミネソタ(MIN)の最も有利な指名権、および(ii)ニューオーリンズ(NOP)とポートランド(POR)の最も有利な指名権(ワシントン経由)
デトロイト(DET)、ミルウォーキー(MIL)、オーランド(ORL)のうち最も不利な指名権(デトロイト経由)
ワシントン(WAS)から指名権獲得(ワシントンがニューヨークに1巡目の指名権を提供していない場合)
2027年ドラフト
1巡目:
ブルックリン(BRK)に指名権を譲渡
2巡目:
自チームの指名権を保持
ワシントン(WAS)から指名権獲得(ワシントンがニューヨークに1巡目の指名権を提供していない場合)
オクラホマシティ(OKC)、ヒューストン(HOU)、インディアナ(IND)、マイアミ(MIA)のうち、2番目および3番目に有利な指名権(ヒューストンからデトロイト経由)
2028年ドラフト
1巡目:
ニューヨーク(NYK)、ブルックリン(BRK)、フェニックス(PHX)のうち最も不利な指名権(フィラデルフィア(PHL)の9-30位指名権が関係する場合)
フィラデルフィア(PHL)の1巡目がOKCに提供されている場合、最も有利な指名権
2巡目:
デトロイト(DET)に指名権を譲渡
ボストン(BOS)から指名権獲得(46-60位、オーランド(ORL)からフェニックス(PHX)経由)
インディアナ(IND)とフェニックス(PHX)のうち最も不利な指名権(インディアナ経由)
2029年ドラフト
1巡目:
ブルックリン(BRK)に指名権を譲渡
2巡目:
デトロイト(DET)に指名権を譲渡
2030年ドラフト
1巡目:
自チームの指名権を保持
2巡目:
ポートランド(POR)に指名権を譲渡
2031年ドラフト
1巡目:
ブルックリン(BRK)に指名権を譲渡
2巡目:
シャーロット(CHA)に指名権を譲渡
ドラフト指名権参考サイト
https://fanspo.com/nba/teams/Knicks/20/draft-picks
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



