
Phoenix Suns
フェニックス・サンズ
チーム情報
アリーナ所在地
フットプリント・センター
アメリカ合衆国
アリゾナ州フェニックス市
ジェファーソン通り西201番地
〒85003
収容人数
19,023人
アリーナ公式サイト
https://www.footprintcenter.com/
ロゴについて
🟣【1968年~1992年】初代ロゴ:クラシックな「ボールと太陽」デザイン
構成:オレンジ色のバスケットボールが紫色の太陽から飛び出すような構図
背景:白地に紫の四角形が配置され、その中央にオレンジ色のバスケットボールが描かれ、そこから太陽の光線が放射状に伸びていた
フォント:「PHOENIX SUNS」は細めのサンセリフ体で、シンプルながらもレトロ感のある書体
印象:陽光の強さをシンボリックに示し、フェニックスという都市の「太陽の都」的なアイデンティティを体現
特徴:温暖なアリゾナ州のイメージを強調するビジュアル。クラシックNBAデザインの好例。
🟠【1992年~2000年】2代目ロゴ:斜め構図のスピード感
大きな変化:
バスケットボールが斜めに飛んでいる構図へ変更
背景が紫、太陽がオレンジでよりグラフィカルに
デザイン:バスケットボールに長く伸びる「尾」のような光線が付き、スピードとダイナミズムを演出
フォント:「PHOENIX SUNS」は傾いたモダンなブロック体になり、近代化を意識
印象:NBA全体が“90年代モダン化”の流れの中で、従来の静的ロゴから動的な表現へ
豆知識:このロゴはチャールズ・バークレー在籍期など、サンズの黄金期を象徴するロゴでもある
🔶【2000年~2013年】3代目ロゴ:立体感とメカニカル感
変化点:
ロゴ全体に立体感を追加
太陽の光線がより鋭角に、機械的でシャープな印象
デザイン:オレンジのボールと光線はよりメタリックに、紫の背景もやや青みを帯びたものに
フォント:ブロック体のまま、陰影が加わり重厚感を強調
印象:90年代の勢いを継承しつつ、2000年代らしい“テック系”のグラフィックデザインを取り入れた
🔥【2013年~現在】現行ロゴ:フラットデザイン回帰と洗練
デザイン変更の背景:
フラットデザインの流行(AppleやGoogleの影響も)
スポーツ界全体が“シンプル・スタイリッシュ”志向に
構成:
炎を背負ったバスケットボールが中央に浮かび、「PHX」文字を重ねたシンボルマーク
全体が黒い盾型の背景に収まっている
フォント:クラブ名はセリフのないシンプルなサンセリフ体で、“強さ”と“現代性”を兼備
印象:炎=太陽、ボール=スポーツを直感的に伝え、都市名の略称「PHX」も使って地域愛を示す
🔄 補足:オルタネートロゴ(補助ロゴ)も多数あり
「サン・バースト(Sunburst)」ロゴ:球体から放射する太陽の光をモチーフにした象徴的ロゴ
「PHX」単体ロゴ:文字のみのシンプルロゴとして、帽子やユニフォーの補助マークに使用
「クラシック・リバイバル」:2020年代以降、一部試合で1968年ロゴの復刻版を使用中
NBA優勝 0回
チーム公式サイト
https://www.nba.com/suns/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/suns/tickets
チーム公式ショップ
https://shop.suns.com/
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/phoenix-suns/
傘下Gリーグチーム
バレー・サンズ
https://valley.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
創設の背景
🌵 フェニックス・サンズ創設の背景(1968年)
1. アリゾナにプロスポーツを ― 地元の熱望
1960年代、アリゾナ州にはまだメジャーなプロスポーツチームが存在しておらず、地元経済界や政界からは「州の発展にはプロスポーツの存在が不可欠だ」という声が高まっていました。
とりわけ州都フェニックスは、人口の急増と都市の発展により「大都市」の仲間入りを果たしつつあり、NBAの拡張に合わせてフランチャイズを誘致しようという気運が高まりました。
2. NBA拡張 ― 「新しいマーケット探し」
当時のNBAは、全米各地にフランチャイズを広げるべく拡張戦略を進行中。1966年のシアトル・スーパーソニックスとサンディエゴ・ロケッツに続き、1968年にはさらに2チームを追加することが決まりました。
その候補地の一つにフェニックスが名乗りを上げたのです。
🧠 創設の立役者たちと“秘話”
1. 弁護士リチャード・L・ブロームと投資家ジェリー・コランジェロ
フェニックスへのNBA誘致の中心人物がリチャード・L・ブローム(Richard L. Bloch)という地元の著名な弁護士でした。彼は地元の有力者たちを集めて投資グループを結成し、NBAにフランチャイズの申請を提出します。
その後、チーム運営に若きゼネラルマネージャーとしてスカウトされたのが、わずか28歳だったジェリー・コランジェロ(Jerry Colangelo)です。彼は後にサンズだけでなく、アリゾナスポーツ界の“伝説”となります。
📜 秘話:コランジェロはもともとシカゴ・ブルズのフロントオフィスにいましたが、「自分のチームを持てるチャンス」を信じてフェニックス行きを決断。妻は泣いたそうです。
2. チーム名「Suns」の由来と裏話
フェニックスの気候や地域性を反映する名前として、地元メディアを通じて一般公募が実施されました。候補には「Scorpions(サソリ)」「Rattlers(ガラガラヘビ)」などアリゾナっぽいものが並ぶ中、最終的に「Suns(太陽)」が選ばれます。
☀️ 「サンズ(Suns)」は、“年間300日が晴天”というアリゾナ州の気候を象徴。明るくエネルギッシュで、未来志向のイメージが好まれました。
🏟️ チーム創設後の苦労
1968年、フェニックス・サンズは正式にNBAに加盟します。だが、初年度は当然ながら苦戦続き。
最初のシーズン(1968-69)は 16勝66敗
しかしドラフトで**コニー・ホーキンス(Connie Hawkins)**を獲得し、すぐに競争力を高める
🎙️ 当時の地元紙は「サンズはNBAのサラブレッドになる」と予言し、数年後にはそれが現実に。
🔥 創設がもたらしたもの
アリゾナにとって初のメジャープロスポーツフランチャイズ
以後、NFL(カーディナルス)・MLB(ダイヤモンドバックス)・NHL(コヨーテズ)へと広がる“プロスポーツ都市”としての地盤を築く
コランジェロは、アリゾナ州のスポーツビジネスの“父”と称される存在に。
創設後の発展
🔶 1970年代(1976):NBAファイナル初進出と「サンズ」躍進の兆し
1968年に創設されたフェニックス・サンズは、1976年に球団初のNBAファイナル進出を果たし、リーグ全体に強烈なインパクトを与えました。
“センチュリー・リンクゲーム”と称されるボストン・セルティックスとのトリプルオーバータイムの第5戦は、今もNBA史に残る名勝負として語り継がれています。
この時期はポール・ウェストファルやアルヴァン・アダムスなどの若きスターたちが中心。まだ若いフランチャイズながらも、卓越したチームワークと粘り強さでリーグ屈指の強豪チームに成長し始めました。
「砂漠の奇跡」と呼ばれた76年の快進撃は、サンズにとって初の全国的な脚光となり、アリゾナ州全体の誇りともなりました。
🔶 1980年代(1989):スター不在と再建の時代、地道な基盤づくり
1980年代のサンズは、前半においてスター不在と低迷に苦しんだ時期でした。プレーオフ出場は何度か果たすも、カンファレンスの壁を越えることはできず、結果として再建モードへと移行します。
1987年には薬物スキャンダルが発覚し、球団イメージにも打撃が。これをきっかけに球団内部の改革が進み、GMコランジェロを中心に「チームカルチャーの再構築」が始まりました。
そして1988年にはトレードでケビン・ジョンソン(KJ)を獲得。さらに1989年にはトム・チェンバースをFAで獲得し、攻撃型バスケットの核が整い始めます。
この時代の地道な動きが、後のサンズ黄金期への土台となったのです。
🔶 1990年代(1993):チャールズ・バークレー加入とサンズ黄金時代
1992年、サンズはフィラデルフィアからチャールズ・バークレーをトレードで獲得。これによりチームは一気にタイトル争いの最前線へ。
バークレー、ケビン・ジョンソン、ダン・マーリー、セドリック・セバロスらを擁し、1992-93シーズンはリーグ最高勝率(62勝20敗)を記録。バークレーはMVPに輝き、チームは17年ぶりのNBAファイナル進出を果たします。
対戦相手はマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズ。激闘の末に敗れはしたものの、シリーズは全6戦で高い視聴率を記録。
この時期、サンズはリーグでも屈指の「魅せるチーム」として、攻撃的なバスケットとエンタメ性で人気を博しました。
🏟️ また1992年にはアリゾナ・ヴェテランズ・メモリアル・コロシアムから**アメリカ・ウェスト・アリーナ(現フットプリント・センター)**へ本拠地を移転し、都市の中心にさらなる活気をもたらしました。
🔶 2000年代(2005):“セブン・セカンズ・オア・レス” 革命的オフェンスの時代
2004年、スティーブ・ナッシュがサンズに復帰。ここからマイク・ダントーニHCのもと、「7 seconds or less(7秒以内にシュート)」という超高速オフェンスを軸とした革新的なチームが誕生します。
ナッシュ、アマレ・スタウダマイアー、ショーン・マリオンといったメンバーによるスピーディーかつ多彩な攻撃は、NBA全体にスタイル革命をもたらしました。
ナッシュは**2年連続MVP(2005・2006)を獲得し、サンズは毎年のようにウェスタン・カンファレンスの上位に定着。
ただし、プレーオフではカンファレンスファイナル止まりが続き、惜しくもファイナル進出は果たせませんでした。
それでも、2000年代のサンズは「現代NBAの起点」**とも称されるスタイルで、戦術的にも文化的にも大きな影響を残しました。
🔶 2010年代(2014):暗黒期とドラフト迷走、再構築の模索
2010年代のサンズは、ナッシュ退団以降、長期的な低迷期に突入します。
プレーオフからは10年近く遠ざかり、ドラフトの失敗やコーチ交代の繰り返しなど不安定な運営が続きました。
2013-14シーズンにはエリック・ブレッドソー、ゴラン・ドラギッチ、ジェラルド・グリーンらの活躍で一時再浮上しますが、あと一歩届かずプレーオフを逃します。
また、**ドラフトでデビン・ブッカー(2015年)**を指名したことが、唯一の光明として後に大きな意味を持つことになります。
🔶 2020年代(2021):クリス・ポール加入でNBAファイナルへ再浮上
2020年、モンティ・ウィリアムズHCとGMジェームズ・ジョーンズの下、長年の再建が結実。2021年にはクリス・ポール(CP3)が加入し、ブッカーとのバックコートはリーグ屈指の安定感を誇りました。
デアンドレ・エイトンやミカル・ブリッジズら若手との融合が進み、2021年には28年ぶりとなるNBAファイナルに進出。
残念ながらヤニス・アデトクンボ率いるミルウォーキー・バックスに敗れましたが、サンズは再びリーグトップクラスの強豪へと返り咲きました。
この時期のサンズは「バスケットIQ」「成熟度」「ディフェンス」を兼ね備えたチームとして高く評価されました。
永久欠番
| 番号 | 名前 | 主な功績 |
|---|---|---|
| 5 | ディック・ヴァン・アースデイル | チーム創設メンバーであり、初代キャプテン。3度のNBAオールスター選出。 |
| 6 | ウォルター・デイヴィス | 1978年NBA新人王。サンズの通算得点記録保持者(15,666点)。6度のNBAオールスター選出。 |
| 7 | ケビン・ジョンソン | 1988年から1998年まで活躍したポイントガード。3度のオールNBAチーム選出。サンズのフリースロー成功数で歴代1位。 |
| 9 | ダン・マーリー | 1990年代のサンズを支えたスリーポイントシューター。3度のNBAオールスター選出。 |
| 13 | スティーブ・ナッシュ | 2度のNBA MVP(2005年、2006年)を受賞したポイントガード。サンズの黄金期を牽引。 |
| 24 | トム・チェンバース | 1988年から1993年まで在籍。4度のNBAオールスター選出。 |
| 31 | ショーン・マリオン | 1999年から2008年まで在籍。4度のNBAオールスター選出。サンズのリバウンド、スティール、ブロックで上位記録を保持。 |
| 32 | アマレ・スタウダマイアー | 2003年NBA新人王。5度のNBAオールスター選出。サンズの得点、リバウンド、ブロックで上位記録を保持。 |
| 33 | アルヴァン・アダムス | 1976年NBA新人王。サンズの通算リバウンド、スティール記録保持者。 |
| 34 | チャールズ・バークレー | 1993年NBA MVP。サンズをNBAファイナルに導いたスーパースター。 |
| 42 | コニー・ホーキンス | ABAから移籍後、初のNBAオールスターに選出された伝説のフォワード。1972年殿堂入り。 |
| 44 | ポール・ウェストファル | 1970年代のサンズを牽引したガード。5度のNBAオールスター選出。 |
| — | ジェリー・コランジェロ | チーム創設者であり、長年にわたりオーナー、GM、コーチを務めた。 |
| — | コットン・フィッツシモンズ | サンズのヘッドコーチとして成功を収め、2度のNBA最優秀コーチ賞を受賞。 |
| — | ジョン・マクラウド | サンズの歴代最多勝利数を誇るヘッドコーチ。 |
| — | アル・マッコイ | サンズの長年のラジオアナウンサーとして知られる。 |
| — | ジョー・プロスキ | チームのトレーナーとして長年にわたり貢献。 |
チームロスター
| 番号 | 名前 | 国 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|
| 0 | ライアン・ダン | USA | 203 | 98 |
| 00 | ロイス・オニール | USA | 196 | 103 |
| 1 | デビン・ブッカー | USA | 198 | 93 |
| 2 | ニック・リチャーズ | JAM | 211 | 111 |
| 3 | ブラッドリー・ビール | USA | 191 | 94 |
| 4 | オソ・イゴダロ | USA | 208 | 107 |
| 8 | グレイソン・アレン | USA | 193 | 90 |
| 10 | デイミオン・リー | USA | 196 | 95 |
| 11 | ボル・ボル | USA | 221 | 100 |
| 12 | コリン・ギレスピー | USA | 185 | 88 |
| 14 | タイタイ・ワシントン Jr. | USA | 191 | 88 |
| 15 | ジェイレン・ブリッジズ | USA | 201 | 102 |
| 17 | コディ・マーティン | USA | 196 | 93 |
| 18 | バシリエ・ミチッチ | SRB | 196 | 92 |
| 21 | タイアス・ジョーンズ | USA | 188 | 89 |
| 22 | メイソン・プラムリー | USA | 208 | 115 |
| 23 | モンテ・モリス | USA | 196 | 95 |
| 35 | ケビン・デュラント | USA | 208 | 109 |
チームスタッフ
ポートランドトレイルブレイザーズのスタッフ(2024年時点)
■ オーナー・経営陣
マット・イシュビア(オーナー)
サム・ガーヴィン(副会長)
アンドリュー・コールバーグ(副会長)
ジャーム・ナジャフィ(副会長)
■ フロントオフィス(バスケットボール運営)
ジェームズ・ジョーンズ(バスケットボール運営部門代表・GM)
トレバー・ブクスティーン(アシスタントGM)
ジェラルド・マドキンス(アシスタントGM)
モーガン・カト(バスケットボール運営部門VP・アシスタントGM)
ライアン・レッシュ(アシスタントGM・バスケットボール戦略VP)
ジェシー・ヘルド(バスケットボール情報ディレクター)
デビッド・フィズデール(バスケットボールオペレーション)
アリ・ミッチェル(バスケットボール管理ディレクター)
ジェイク・ルース(バスケットボール分析ディレクター)
ダニエル・ゴメス・オテロ(国際スカウト)
パット・ジプフェル(アドバンス・スカウト)
レックス・チャップマン(プロ人材マネージャー)
■ コーチングスタッフ
マイク・ブーデンホルザー(ヘッドコーチ)
ドリュー・アンソロプ(アシスタントコーチ)
ジョン・ルーカス三世(アシスタントコーチ)
ジョン・パストレック(アシスタントコーチ)
クイントン・クロフォード(アシスタントコーチ)
ブレント・バリー(アシスタントコーチ)
チャド・フォーシア(アシスタントコーチ)
チャイソン・アレン(アシスタントコーチ)
ジェームズ・ポージー(アシスタントコーチ)
マイク・ホプキンス(アシスタントコーチ)
スカイラー・リマー(アシスタントコーチ)
ヴィンス・レガルザ(アシスタントコーチ)
■ コーチング・アソシエイト
コリン・ヴォス(コーチングアソシエイト)
ヒュー・バクスター(コーチングアソシエイト)
ケンダル・マニュエル(コーチングアソシエイト)
レックス・エドワーズ(コーチングアソシエイト)
マイケル・ウェクスラー(コーチングアソシエイト)
■ ビデオ/スカウトスタッフ
ヨナサン・アフェウォーク(ビデオコーディネーター)
ジャスティン・マクシー(ヘッドビデオコーディネーター)
■ マーケティング・経営管理
ディーン・ストイヤー(CMO)
ダン・コステロ(CRO)
メリッサ・ゴールデンバーグ(法務顧問・上級副社長)
ハーヴィー・シャンク(エグゼクティブVP)
ジム・ピットマン(CFO・エグゼクティブVP)
ケイシー・タガッツ(広報VP)
ジュリー・フィー(バスケットボール広報VP)
■ メディカル・パフォーマンスチーム
ロジャー・サンチョ(ヘッドアスレチックトレーナー)
デビッド・クルー(ヘッドアスレチックトレーナー・医療サービス部長)
フランク・アダムス(アシスタントアスレチックトレーナー)
コーリー・シュレジンガー(ヘッドS&Cコーチ)
ラリー・ランバード(ヘッドS&Cコーチ)
ジェフリー・ドラン(アシスタントS&Cコーチ)
コウヘイ・タマガワ(ストレングスコーチ)
トム・フィール医師(チームドクター)
■ セキュリティ・チーム管理
マックス・カヤール(チームセキュリティディレクター)
ロバート・マギー(チームセキュリティディレクター)
ジェイ・ガスパー(用具マネージャー)
■ プレーヤー育成・スタッフ
ジェイソン・フレイザー(プレーヤーデベロップメントアシスタント)
■ 放送・メディア関係
アン・マイヤーズ=ドライスデール(テレビ解説)
エディ・ジョンソン(テレビ解説)
トム・チェンバース(テレビ解説)
トム・リーアンダー(テレビ解説)
ケビン・レイ(テレビ実況)
ティム・ケンプトン(ラジオ解説)
ヴィンス・マロッタ(場内アナウンサー)
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
2025年
1巡目指名権:
複雑なスワップが発生:
基本的には フェニックス(PHX)とヒューストン(HOU) の指名権を比較し、より良いがヒューストンへ。
その結果、残った指名権は**ブルックリン(BRK)**に行く。
その他、オクラホマシティ(OKC) や ロサンゼルス・クリッパーズ(LAC) も絡む複雑なスワップあり。
2巡目指名権:
ワシントン(WAS)へ(最終的にミルウォーキー(MIL) または メンフィス(MEM) に渡る可能性あり)。
フェニックスは、デンバー(DEN)とフィラデルフィア(PHL) の指名権のうち悪い方を取得。
📅 2026年
1巡目指名権:
4チーム(PHX、WAS、ORL、MEM)間のスワップ。
最も悪い指名権 → シャーロット(CHA)へ。
PHXとWASの良い方 → ワシントンへ。
ORLはPHXかWASの悪い方と比較して良い方を取得。
MEMも同様に他チームと比較して有利な指名権を取得。
ワシントンが2025年にNYKへ指名権を渡すか否かでパターンが変わる。
2巡目指名権:
シャーロット(CHA)へ。
フェニックスは、デンバーとゴールデンステート(GOS) の悪い方の指名権を獲得。
📅 2027年
1巡目指名権:
ブルックリン経由でヒューストンへ。
2巡目指名権:
フェニックスとゴールデンステートの良い方がフィラデルフィアへ。
残りはワシントンへ。
📅 2028年
1巡目指名権:
PHX、BRK、PHL、NYK、WASなどが複雑に絡むスワップ。
場合によっては:
最も悪い指名権がNYKへ。
最も良い2つの指名権がBRKへ。
WASは条件次第でMILとスワップする権利を持つ。
2巡目指名権:
PHXとINDの良い方がINDへ。
残りはNYKへ。
📅 2029年
1巡目指名権:
PHX、DAL、HOUのうち良い2つがHOUへ。
残りはブルックリンへ。
2巡目指名権:
シャーロットへ(OKC経由)。
📅 2030年
1巡目指名権:
PHX、WAS、MEMのうち最も悪い指名権がPHXに残り。
PHXとWASの良い方がWASへ。
MEMは残りと比較して良い方を取得。
2巡目指名権:
PHXとPORの良い方がPHLへ。
残りはWASへ。
📅 2031年
1巡目指名権:
ユタ(UTH)へ完全譲渡。
2巡目指名権:
シャーロット(CHA)へ完全譲渡。
ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



