
Memphis Grizzlies
メンフィス グリズリーズ
チーム情報
アリーナ所在地
フェデックス・フォーラム
アメリカ合衆国
テネシー州
メンフィス市
ベール・ストリート
191番地
〒38103
収容人数
18,165人
アリーナ公式サイト
https://fedexforum.com/
ロゴについて
🐻 1. バンクーバー・グリズリーズ時代(1995–2001)
背景: メンフィス・グリズリーズはもともとカナダのバンクーバーを本拠地とし、1995年にNBAに参入しました(ラプターズと同時に設立されたカナダ2チームの一つ)。
ロゴの特徴:
メインは、リアルな茶色のグリズリー(熊)が前脚でバスケットボールをつかんでいるデザイン。
グリズリーの表情は激しく、牙をむき出しにして威嚇。
背景に**「VANCOUVER」の赤文字と、下に湾曲した「GRIZZLIES」**の立体的なアクアブルーの文字。
フォントは先住民のアートを意識したデザイン。
印象:
非常に派手で、90年代らしい“過剰なディテール”が特徴。
当時のNBAエクスパンションチームにありがちな“野性味・迫力重視”のビジュアル。
🐻 2. メンフィス移転初期ロゴ(2001–2004)
背景: 2001年にチームはメンフィス(テネシー州)へ移転。
ロゴの変化:
熊のモチーフは継続するが、全体的にスタイリッシュでモダンなデザインに刷新。
熊の顔のみを描いたアイコン的デザイン。
色はネイビーブルーと明るめのブルー、目は印象的な黄色(アンバー)。
テキスト部分には「MEMPHIS GRIZZLIES」とクールなサンセリフ体で表記。
印象:
旧ロゴの野性的な雰囲気を保ちつつ、より洗練された都市的イメージに。
NBAのトレンドに合わせた“ミニマル&モダン”の始まり。
🐻 3. 現行ロゴ(2004–現在)
背景: ロゴ自体のデザインは大きくは変わらないが、2004年以降、公式に現在のロゴが定着。
特徴:
**熊の顔(ベアヘッド)**を正面から見たデザインで継続。
輪郭がはっきりし、熊の表情にインテリジェンスと冷静さを強調。
色は「ビリーブブルー(Beale Street Blue)」「ミッドナイトブルー」「スティールグレー」などメンフィスの文化にちなんだトーンに調整。
文字部分(MEMPHIS GRIZZLIES)のフォントも現代的に微調整。
補足:
2021年にはNikeとNBAのCity Editionシリーズで、旧バンクーバーロゴ風のユニフォームを復刻し話題に。
NBA優勝 0回
チーム公式サイト
https://www.nba.com/grizzlies/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/grizzlies/tickets
チーム公式ショップ
https://www.grizzliesstore.com/
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/memphis-grizzlies/
傘下Gリーグチーム
メンフィス・ハッスル
https://memphis.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
創設の背景
🏀【1】創設の背景:NBAのカナダ進出(1990年代初頭)
◉ NBAのグローバル拡大戦略
1990年代初頭、NBAは急速なグローバル化を進めており、新しいマーケット開拓の一環としてカナダが注目されました。
テレビ放映権、スポンサーシップ、グッズ販売の拡大が目的。
◉ 1993年:カナダへの拡張が決定
NBAは1995年から2チームを拡張することを決定。
1つはトロント(ラプターズ)。
もう1つはブリティッシュコロンビア州バンクーバー。
🐻【2】バンクーバー・グリズリーズ創設(1995年)
◉ チーム創設
創設者はアーサー・グリフィス率いる「オーキッド・スポーツ・アンド・エンターテインメント」。
チーム名「グリズリーズ」は、地元ブリティッシュコロンビア州の象徴である**ハイイログマ(Grizzly Bear)**に由来。
同年、NBAドラフトでは**ブライアント・リーブス(“ビッグ・カントリー”)**を全体6位で指名。
◉ 苦戦した理由
経済:カナダドルの低迷、NBA選手の高給に対する負担が大きい。
成績:創設当初からプレーオフに一度も出場できず。
ファン:熱狂的ではあったが、アイスホッケー人気が圧倒的。
移動:西海岸であるバンクーバーからの遠征が多く、選手の不満も。
🚚【3】移転の舞台裏:メンフィスへの道(1999–2001)
◉ オーナー交代と経営難
1999年、経営難からアーサー・グリフィスがチームをマイケル・ヘイズリーに売却。
ヘイズリーは元々アメリカ市場への移転を視野に入れていた。
◉ 移転候補地
アナハイム(カリフォルニア)
ルイビル(ケンタッキー州)
ニューオーリンズ(後にホーネッツが移転)
メンフィス(テネシー州)
◉ メンフィスのアピールポイント
スポーツチームが少なく、地域密着型の強い市場。
地元自治体と経済界が積極的に誘致活動を展開。
新アリーナ(フェデックス・フォーラム)建設の支援を約束。
◉ 秘話:NBA内部の懸念
メンフィスは市場が小さく、「黒人音楽の都市」という文化的特色がNBAの中でも異彩を放っていた。
しかしNBAコミッショナーのデビッド・スターンは「バスケットボールが文化と融合できる場所」として可能性を高く評価。
📍【4】メンフィス移転正式決定(2001年)
2001年、NBAは正式にグリズリーズのメンフィス移転を承認。
バンクーバーでの最後の試合は2001年4月18日。
メンフィスでの最初の試合は2001年11月1日、相手はデトロイト・ピストンズ。
🎵【5】メンフィスらしさの導入
◉ 「グリズリー」という名前は残した
ロゴと名前は残したが、カラーやマーケティング戦略は一新。
メンフィスの音楽文化(ブルース、ソウル、ヒップホップ)を取り入れ、**「Beale Street Blue」**などのブランド戦略を採用。
◉ チームカラー変更
派手なターコイズと赤を捨て、落ち着いたネイビーブルーとグレーに刷新。
メンフィスという都市のイメージにマッチしたクールな印象へ。
🧩【6】補足:なぜ「グリズリー(熊)」なのか?
テネシー州に野生のグリズリーはいません。
それでもチーム名を変更しなかったのは、「ブランド資産」としてのグリズリーズの認知度を重視したため。
移転当時のファンからは賛否両論あったが、徐々にメンフィス市民に受け入れられた。
🎬【7】その後の展開:Grit and Grind時代へ
ザック・ランドルフ、マーク・ガソル、トニー・アレンらによる「Grit and Grind(泥臭いバスケ)」スタイルが浸透。
派手さよりハードワークを重視する文化が根づき、**「小さな市場でも勝てる」**ことを証明した。
創設後の発展
🔵 1990年代(1995–1999):カナダでの挑戦と苦難の船出
1995年、バンクーバー・グリズリーズはNBAのカナダ市場拡大の一環として創設され、トロント・ラプターズと共にリーグに加わりました。チーム名はカナダ西部に生息していた「グリズリー・ベア」に由来し、大自然の象徴として地域色を反映。初期の主力には、全体6位指名のブライアント・リーブスやストイコ・ブラコビッチらが名を連ねましたが、チームは慢性的な成績不振に苦しみ、NBA最下位争いの常連に。カナダドルの為替問題や市場規模の壁もあり、球団経営は早くも揺らぎを見せていました。
🔵 2000年代(2000–2009):メンフィス移転と“初の成功体験”
2001年、経営難と観客動員の低迷からグリズリーズはアメリカ南部の音楽都市、テネシー州メンフィスへ移転。これによりチームは新たなスタートを切ります。2001年ドラフトで選ばれたパウ・ガソルがルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、明るい兆しが見え始めると、2003年にはジェリー・ウェストがGMに就任。2004年から3年連続でプレーオフ進出を果たし、創設以来初めて“勝つチーム”としての基盤を築きました。ただし、当時はいずれも1回戦敗退に終わり、課題は残されていました。
🔵 2010年代(2010–2019):Grit & Grind時代と黄金期
2010年代、グリズリーズはリーグ屈指のタフネスチームとして名を上げます。ザック・ランドルフ、マーク・ガソル、マイク・コンリー、トニー・アレンといった堅守と献身で知られる選手たちがチームを支え、「Grit & Grind(泥臭くても勝つ)」というスローガンのもと、メンフィス独自のバスケ文化が開花。2011年には8位からプレーオフ1位シードのスパーズを破る大金星、2013年にはフランチャイズ初のウェスタン・カンファレンス・ファイナル進出を果たすなど、スモールマーケットの星として全国に存在感を示しました。
🔵 2020年代(2020–現在):若きスターの台頭と再構築期
2020年代に入ると、グリズリーズは再び若返りを図り、新たな時代へと突入。ドラフトから獲得したジャ・モラントがリーグ屈指の爆発力を持つスーパースターとしてブレイクし、ジェレン・ジャクソンJr.やデズモンド・ベインとともにチームの中核を担っています。2022年には西2位でプレーオフに進出するなど、新時代の「速くて攻撃的」なスタイルへシフト。しかしモラントのオフコート問題など、順風満帆とは言えない展開もあり、チームは今まさに成熟と安定を模索する転換点にあります。
永久欠番
| 番号 | 選手名 | 主な功績 |
|---|---|---|
| 9 | トニー・アレン | 2010年から2017年まで在籍し、「Grit & Grind」時代の守備の要として活躍在籍中、 NBAオールディフェンシブチームに6回選出 2025年3月15日に背番号9が永久欠番として掲げられる予定 |
| 33 | マルク・ガソル | 2008年から2019年まで在籍し、球団史上最多の出場時間(25,917分)、リバウンド(5,952)、ブロック(1,135) など多数の記録を保持 2013年にNBA最優秀守備選手賞を受賞し、3度のオールスター選出 2024年4月6日に背番号33が永久欠番として掲げられた |
| 50 | ザック・ランドルフ | 2010年代初頭の「Grit & Grind」時代を象徴するパワーフォワード – 2011年のプレーオフで第8シードから第1シードのスパーズを破る快挙に貢献 – 2021年12月11日に球団初の永久欠番として背番号50が掲げられた |
チームロスター
| 番号 | 名前 | 国 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|
| 0 | ジェイレン・ウェルズ | USA | 203 | 93 |
| 1 | スコッティ・ピッペン・ジュニア | USA | 185 | 84 |
| 2 | ザイオン・プリン | USA | 193 | 93 |
| 4 | ラマー・スティーブンス | USA | 201 | 104 |
| 5 | ビンス・ウィリアムズ・ジュニア | USA | 193 | 93 |
| 7 | サンティ・アルダマ | ESP | 211 | 98 |
| 10 | ルーク・ケナード | USA | 196 | 93 |
| 12 | ジャ・モラント | USA | 191 | 79 |
| 13 | ジャレン・ジャクソン・ジュニア | USA | 211 | 110 |
| 14 | ザック・イディー | CAN | 224 | 136 |
| 15 | ブランドン・クラーク | CAN | 203 | 98 |
| 17 | 河村勇輝 | JPN | 173 | 81 |
| 22 | デズモンド・ベイン | USA | 198 | 98 |
| 24 | キャム・スペンサー | USA | 193 | 93 |
| 30 | ジェイ・ハフ | USA | 216 | 109 |
| 35 | マービン・バグリー3世 | USA | 208 | 107 |
| 45 | GG・ジャクソン | USA | 206 | 95 |
| 46 | ジョン・コンチャー | USA | 196 | 95 |
チームスタッフ
ヒューストンロケッツのスタッフ(2024年時点)
■ 経営陣・法務
ロバート・J・ペラ(オーナー/会長)
ダニエル・E・ストラウス(副会長)
マリ・グットマン(アソシエイト・カウンセル)
■ ビジネスオペレーション
ジェイソン・ウェクスラー(ビジネスオペレーション部門プレジデント)
バリー・ロギンズ(チームセキュリティ・ディレクター)
■ コーチングスタッフ
テイラー・ジェンキンス(ヘッドコーチ)
アンソニー・カーター(アシスタントコーチ)
パトリック・セント・アンドリュース(アシスタントコーチ)
エリック・シュミット(アシスタントコーチ)
ジェイソン・マーチ(アシスタントコーチ)
ジョー・ボイラン(アシスタントコーチ)
ノア・ラロシュ(アシスタントコーチ)
パトリック・ムトンボ(アシスタントコーチ)
トゥオマス・イーサロ(アシスタントコーチ/ヘッドコーチ兼任)
ボブ・セイト(シューティングコーチ)
トレバー・モワッド(メンタル耐久コーチ)
アンドレス・ラモス(メンタル耐久コーチ)
■ バスケットボール部門(フロントオフィス)
ザカリー・クレイマン(バスケットボール運営部門EVP/GM)
ドリュー・グラハム(プレイヤーケア部門VP)
クリス・マクリス(プレイヤーパーソネル部門VP)
クリス・チェイス(パフォーマンス・ディレクター)
J.T.キャンベル(バスケットボール戦略・ディレクター)
リッチ・チョー(バスケットボール戦略部門VP)
マイケル・ウェーレン(バスケットボールオペレーション・アシスタント)
チャーリー・ローガン(バスケットボールオペレーション・アシスタント)
エリック・ルーベンスタイン(バスケットボールオペレーション・アシスタント)
エリン・マッキニー(バスケットボールオペレーション)
ジャコブ・シュミット(バスケットボールオペレーション・マネージャー)
アリアナ・アンドニアン(プレイヤーパーソネル・ディレクター)
ノーラン・アンシューツ(バスケットボールオペレーション・ディレクター)
タイ・ライ(バスケットボールオペレーション・ディレクター)
■ ビデオ&スカウティング部門
チネドゥ・ヌワチュクウ(ビデオコーディネーター)
エリック・ドーソン(ビデオコーディネーター)
イヴァン・ルキッチ(ビデオコーディネーター)
ダヴィデ・プラティ(国際スカウト)
アダム・ヨハンセン(アドバンス・スカウト)
H.ライアン・スレーター(スカウティング・コーディネーター)
■ チーム運営・サポート
チャールズ・スウィーニー(用具マネージャー)
ジャイル・ボールデン(選手育成アシスタント)
■ メディカル/パフォーマンス部門
ピーター・エリオット(ヘッドアスレティックトレーナー)
エリック・シュミット(ヘッドS&Cコーチ)
ジョーイ・デイビー(S&Cアシスタント)
エリック・オッター(スポーツ医学・ディレクター)
ケイティ・バブコック(アスレティックトレーナー・アシスタント)
ジミー・マンセル(チームドクター)
■ メディア・放送
ブレヴィン・ナイト(テレビアナリスト)
ピート・プラニカ(テレビ実況)
エリック・ハッスルタイン(ラジオ実況)
ハンク・マクダウェル(ラジオアナリスト)
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
🔹 2025年ドラフト
1巡目:
ワシントン・ウィザーズに譲渡
2巡目:
ニックスに譲渡(経由:ボストン→OKC→NYK)
48位・49位・50位のうちの1つ(デトロイト経由でゴールデンステートが保有している指名権とのスワップ)
56位:ヒューストンの指名権を保有
🔹 2026年ドラフト
1巡目:
次のうちより高い指名順位を獲得:
(i) メンフィス
(ii) 以下3チームのうち最も指名順位が低いチーム(フェニックス/ワシントン1〜8位プロテクト/オーランド)
残りの1つはシャーロットに譲渡される(複数のチーム間のスワップを通じて)
2巡目:
31~42位:ロサンゼルス・クリッパーズに譲渡(経由:ユタ→アトランタ)
43~60位:ポートランドに譲渡(経由:ユタ→ゴールデンステート)
ボストン/インディアナ/LAC/マイアミの中で最も高順位の指名権を保有(複雑なスワップによる)
🔹 2027年ドラフト
1巡目:
自チーム保有
2巡目:
ヒューストンに譲渡(経由:LAC)
アトランタに譲渡(経由:ボストン)
🔹 2028年ドラフト
1巡目:
自チーム保有
2巡目:
ブルックリンに譲渡(経由:フェニックス)
サクラメントに譲渡(経由:シカゴ→SAC)
🔹 2029年ドラフト
1巡目:
自チーム保有
2巡目:
ブルックリンに譲渡(経由:フェニックス)
🔹 2030年ドラフト
1巡目:
(i) メンフィス
(ii) フェニックスとワシントンのうち指名順位が低い方
→ 上記2つのうち高い方をメンフィスが保持し、もう一方をフェニックスに譲渡
2巡目:
31~50位:メンフィスが保有
51~60位:ミネソタに譲渡
🔹 2031年ドラフト
1巡目:
自チーム保有
2巡目:
自チーム保有
ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



