
Los Angeles Clippers
ロサンゼルス クリッパーズ
チーム情報
アリーナ所在地
インテュイット・ドーム
アメリカ合衆国 カリフォルニア州
イングルウッド市 ウェスト・センチュリー・ブールバード 3930番地
〒90303
収容人数
19,980人
アリーナ公式サイト
https://www.intuitdome.com/
ロゴについて
① 1970–1971:バッファロー・ブレーブス創設時の初代ロゴ
特徴:
チーム名「Buffalo Braves」とネイティブ・アメリカン風の羽飾りをあしらったデザイン。
バスケットボールのモチーフと「Buffalo」の地名が組み込まれていた。
② 1971–1978:バッファロー・ブレーブス新ロゴ
特徴:
空色の「B」に赤と青の羽飾りを重ねた斬新なデザイン。
チーム名は「Buffalo Braves」と赤い文字で記されていた。
よりシンボリックで洗練された印象に。
③ 1978–1982:サンディエゴ移転、チーム名「クリッパーズ」へ変更
特徴:
ロゴの中に「海」を象徴する青い円、太陽を象徴する赤い円、白い三角形の「帆船」を表現。
「San Diego Clippers」と記載。
「クリッパー(帆船)」の名前由来が反映されたデザイン。
④ 1983–1984:ロゴリニューアル(サンディエゴ時代後期)
特徴:
青字で「San Diego Clippers」のチーム名を中央に配置し、背景にはバスケットボールを模した赤いライン。
よりストレートでスポーティな印象に。
⑤ 1984–2015:ロサンゼルス移転、ロゴを引き継ぎながら微調整
特徴:
チーム名を「Los Angeles Clippers」に変更。
赤いラインで描かれたバスケットボールに青い大文字でチーム名を記載。
長年使用された代表的なロゴで、多くのファンに馴染み深い。
⑥ 2015–現在:現代的なロゴへ一新
特徴:
シンプルかつモダンなデザインへ刷新。
「LAC」のモノグラム入りバスケットボールが中央に描かれ、その下に「CLIPPERS」と力強い文字が配置。
赤と青のラインでスピード感を演出。
スティーブ・バルマー体制下での新時代を象徴。
補足:なぜ「Clippers(クリッパーズ)」という名前に?
サンディエゴ移転後、小型帆船「クリッパー」が市の象徴であったことから命名されました。
NBA優勝 0回
チーム公式サイト
https://www.nba.com/clippers/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/clippers/singlegametickets
チーム公式ショップ
https://clippershq.com/
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/la-clippers/
傘下Gリーグチーム
サンディエゴ・クリッパーズ
https://sandiego.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
創設の背景
🏀 1. 創設:バッファロー・ブレーブス時代(1970年)
背景
創設年:1970年(NBA拡張により新設)
場所:ニューヨーク州バッファロー
当時のNBAの動き:1960〜70年代は、テレビ放映の拡大とともにリーグを全米へ拡張する時代で、1970年には新たに3チーム(ブレーブス、キャバリアーズ、トレイルブレイザーズ)が追加された。
オーナー:ポール・スナイダー(地元の不動産開発業者)
秘話
ブレーブスのアリーナ「バッファロー・メモリアル・オーディトリアム」は、既にNHLのバッファロー・セイバーズと日程が競合し、ホームゲームの調整が難航。この不満が後の移転の種となる。
スター選手のボブ・マカドゥ(1973年MVP)がいたものの、安定的な成績は残せず、観客動員も伸び悩んだ。
🚚 2. サンディエゴ・クリッパーズへの移転(1978年)
移転の経緯
オーナー交代:1978年、オーナーがジョン・Y・ブラウンJr.(後のケンタッキー州知事)に。
ブラウンはフランチャイズを売却する前に、チームの移転を模索。
結果、サンディエゴに移転し、「サンディエゴ・クリッパーズ」として再出発。
クリッパーズという名前の由来
「Clipper(クリッパー)」は、かつてサンディエゴ港を行き交った**高速帆船(Clipper Ship)**に由来する。
当時、サンディエゴには「クリッパー・シップ・デイズ」というフェスティバルがあり、その地域文化を象徴する名称だった。
裏話
チーム名の公募も行われたが、最終的に「クリッパーズ」はフロントが選定。
この頃、選手だったビル・ウォルトン(UCLA出身)が加入し、地元ファンの注目を集めるが、度重なるケガで結果は残せず。
🌇 3. ロサンゼルスへの“強引な”移転(1984年)
ドナルド・スターリングの登場
1981年:不動産王ドナルド・スターリングがチームを購入。
ロサンゼルス出身であった彼は、当初からチームをLAに移すことを画策していた。
秘話:移転の強行とリーグとの対立
1984年、スターリングはリーグの許可を得ずに突然チームをロサンゼルスに移転。
NBAはこの行為を問題視し、罰金や制裁措置を検討。
しかし、ロサンゼルスは全米第2の市場であり、最終的にNBAは追認する形で移転を容認。
📉 初期ロサンゼルス時代:暗黒期(1980〜90年代)
スターリングはコスト削減を優先し、選手・スタッフへの投資をほとんど行わなかった。
フロントの混乱やスカウト体制の脆弱さにより、**長年にわたり「万年最下位」**と揶揄される存在に。
この時代は「ロサンゼルス・レイカーズ」との圧倒的な差が話題となった。
創設後の発展
🔵 1970年代(1970):バッファロー・ブレーブスとして誕生し、未来の礎を築く
1970年、NBAの拡張政策によりニューヨーク州に「バッファロー・ブレーブス」が創設されました。リーグ全体がテレビとメディアの拡大を進める中、ブレーブスはボブ・マカドゥ(1975年MVP)などのスター選手を擁し、プレーオフにも進出。マカドゥの得点力とリック・アデルマンらの支えで注目される存在となったものの、アリーナの使用権問題や地元ファンの支持不足が重なり、後の移転の土壌が生まれることになります。
🔵 1980年代(1984):ロサンゼルス移転と混乱のスタート
1984年、オーナーのドナルド・スターリングがチームをサンディエゴからロサンゼルスへ強行移転。この動きはNBAから反発を受けるも、ロサンゼルス市場の巨大性を背景に最終的には承認されました。チームは「ロサンゼルス・クリッパーズ」として再出発するも、スターリングの徹底したコスト削減主義により、**成績は低迷、プレーオフから遠ざかる“暗黒期”**に突入。1989年にドラフト1位でダニー・マニングを獲得するも、チーム再建には至りませんでした。
🔵 1990年代(1992):“万年最下位”のレッテルと希望の兆し
1990年代前半、クリッパーズはロサンゼルスのもう一つのチームとしてレイカーズの陰に隠れ続け、しばしば“NBAで最も失敗したフランチャイズ”と揶揄されました。しかし1992年、ロン・ハーパー、チャールズ・スミス、ダニー・マニングらの奮闘で久々のプレーオフ進出を果たします。だがその後もフロントの混乱とドラフトの失敗が続き、安定した戦力を構築できず、再び暗いトンネルへ。ファン離れも深刻化しました。
🔵 2000年代(2006):ブレイク前夜、チーム再生の気配
2000年代中盤、エルトン・ブランド、カッティノ・モブリー、サム・キャセールらベテラン陣が融合し、2006年にはカンファレンス・セミファイナルに進出。これはチームにとって20年以上ぶりの快挙で、「ついにクリッパーズが変わる」と話題に。しかし、その後の補強失敗や怪我人の続出により再び低迷。フランチャイズの“再起”は短命に終わりました。なおこの時期、ユース育成への投資も進められました。
🔵 2010年代(2011):“ロブ・シティ”誕生と華麗なる復活
2011年、クリス・ポールの電撃移籍により「ロブ・シティ」時代が幕開け。ブレイク・グリフィンやディアンドレ・ジョーダンといった超人的アスリートとのコンビネーションで華麗なアリウープ攻撃を展開。チームはドク・リバースの下で一気にプレーオフ常連へと浮上。2013年には球団史上初のパシフィック・ディビジョン優勝も達成。だが、カンファレンス・ファイナルには届かず、プレーオフでの失速が続いたことで“未完の大器”とも称されました。
🔵 2020年代(2021):カワイ&ポール・ジョージ体制と優勝への挑戦
2020年、クリス・ポール時代の終焉を経て、カワイ・レナードとポール・ジョージを中心とした新体制が本格稼働。2021年には球団史上初のカンファレンス・ファイナル進出を果たし、遂に頂点が見えてきました。また、バスケットボール運営部門トップにローレンス・フランクを据え、フロントの整備も進行。新アリーナ「インテュイット・ドーム」建設(2024年完成)を含め、真のビッグマーケットチームへの進化が進んでいます。
永久欠番
クリッパーズは、創設以来、正式な永久欠番を制定していない唯一のNBAチームです。
チームロスター
| 番号 | 名前 | 国略称 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ジェームズ・ハーデン | USA | 196 | 100 |
| 2 | カワイ・レナード | USA | 201 | 104 |
| 3 | セス・ランディー | USA | 193 | 100 |
| 7 | アミール・コフィー | USA | 201 | 95 |
| 8 | クリス・ダン | USA | 191 | 93 |
| 9 | トレンティン・フラワーズ | USA | 201 | 93 |
| 10 | ボグダン・ボグダノヴィッチ | SRB | 198 | 100 |
| 11 | ジョーダン・ミラー | USA | 196 | 88 |
| 12 | キャム・クリスティー | USA | 198 | 86 |
| 15 | ドリュー・ユーバンクス | USA | 208 | 111 |
| 21 | コービー・ブラウン | USA | 201 | 113 |
| 23 | パトリック・ボールドウィン・ジュニア | USA | 206 | 98 |
| 24 | ノーマン・パウエル | USA | 191 | 98 |
| 25 | ベン・シモンズ | AUS | 208 | 109 |
| 33 | ニコラス・バトゥーム | FRA | 203 | 104 |
| 40 | イビツァ・ズバッツ | CRO | 216 | 109 |
| 55 | デリック・ジョーンズ・ジュニア | USA | 198 | 95 |
| 88 | パティ・ミルズ | AUS | 188 | 82 |
チームスタッフ
ロサンゼルスクリッパーズのスタッフ(2024年時点)
■ 経営陣・上層部
スティーブ・バルマー(オーナー、会長)
デニス・ウォン(副会長)
ディック・パーソンズ(最高経営責任者)
エリック・チャン(最高財務責任者)
アレックス・ディアス(最高執行責任者)
ニコール・ダケット・フリッケ(法務責任者)
ジリアン・ズッカー(ビジネス部門社長)
■ バスケットボール運営
ローレンス・フランク(バスケットボール運営部門社長)
トレント・レッデン(ゼネラルマネージャー)
マーク・ヒューズ(シニアVP、アシスタントGM)
ジャド・ウィントン(VP、アシスタントGM)
マット・イライジャ(バスケットボール戦略部門VP)
リシャブ・デサイ(バスケットボール運営部門エグゼクティブディレクター)
ドリュー・アルゲラス(バスケットボール運営アシスタント)
ジェイソン・ピオンベッティ(大学選手人事ディレクター)
マックス・レザ(チーム運営ディレクター)
■ コーチングスタッフ
タイロン・ルー(ヘッドコーチ)
ジェフ・ヴァン・ガンディ(リードアシスタントコーチ)
ブレンダン・オコナー(アシスタントコーチ)
ジェレミー・キャッスルベリー(アシスタントコーチ)
ラリー・ドリュー(アシスタントコーチ)
ブライアン・ショウ(アシスタントコーチ)
ジェイ・ララナガ(アシスタントコーチ)
クッキー・ベルチャー(アシスタントコーチ)
■ プレーヤーディベロップメント
ウェズリー・ジョンソン(プレーヤーディベロップメント)
ダンテイ・ジョーンズ(プレーヤーディベロップメントコーチ)
コナー・ダンリービー(プレーヤーディベロップメントコーチ)
ショーン・ファイン(プレーヤーディベロップメントコーチ)
ナタリー・ナカセ(プレーヤーディベロップメントアシスタント)
ウェス・ジョンソン(プレーヤーディベロップメントアシスタント)
■ スカウティング部門
ジョン・ロイヤー(プロスカウティング部門ディレクター)
ファブリツィオ・ベスナティ(国際スカウティング部門ディレクター)
デイブ・セヴァーンズ(プロスカウト)
ジョーダン・コーン(プロスカウト)
レオ・パパイル(リージョナルスカウト)
オーランド・アーリー(大学スカウト)
ジャック・ノーラン(アドバンススカウト)
ディラン・ゲラー(スカウティングコーディネーター)
■ ビデオ・アナリティクス
ダニエル・フィッツパトリック(ヘッドビデオコーディネーター)
クアン・ゴー(アシスタントビデオコーディネーター)
■ メディカル・パフォーマンス部門
ジェイセン・パウエル(ヘッドアスレティックトレーナー、メディカルサービスディレクター)
ダニエル・シャピロ(ヘッドS&Cコーチ)
R.J. クラーク(S&Cコーチ)
ブレント・タナカ(アシスタントS&Cコーチ)
アダム・ヴァージル(スポーツサイエンスディレクター)
ロス・フラワーズ(スポーツ心理学ディレクター)
トミー・マードック(アシスタントアスレティックトレーナー)
コルビー・クラリディ(アシスタントアスレティックトレーナー)
ドクター・スティーブン・クレムス(チームドクター)
ジェシー・フィリップス(フィジカルセラピスト)
■ 広報・メディア・その他
セス・バートン(コミュニケーション部門VP)
ノア・イーグル(ラジオブロードキャスター)
エリン・プロバー(戦略企画ディレクター)
ピート・セラーノ(用具マネージャー)
ロバート・ロドリゲス(チームセキュリティディレクター)
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
🔵【2025年】
1巡目:
自チーム(LAC)の指名権か、オクラホマシティ・サンダー(OKC)に渡る可能性あり。
OKCが「HOU(11〜30位)」または「LAC」の指名権を選んでスワップできる権利を持っている。
2巡目:
自チームの指名権はユタ・ジャズに譲渡済み(LAL経由)。
もう1本の2巡目は**ミネソタ(MIN)**が保有(HOU→ATL経由)。
🔵【2026年】
1巡目:
「LAC」「HOU(5〜30位)」「OKC」の3チームの中で、最も有利な2本がOKCに行く。
残った1本(最も不利なもの)は**ワシントン・ウィザーズ(WAS)**へ。
2巡目:
LACと「BOS/IND/MIA」の中で有利・不利の組み合わせによって、
一方が**ヒューストン(HOU)**へ。
もう一方が、条件次第でメンフィス(MEM)またはWASへ。
MEMの2巡目指名権(31〜42位)はアトランタ(ATL)に渡る。
🔵【2027年】
1巡目:
「LAC」「DEN(6〜30位、※2025年にORLに渡る条件あり)」「OKC」のうち、
最も価値が低い(不利な)1本がLACに残る可能性。
OKCがスワップ権を持っており、他の2本を選ぶ。
2巡目:
自チームの指名権を保持(ATL経由で戻る)。
🔵【2028年】
1巡目:
フィラデルフィア(PHL)に譲渡済み。
2巡目:
「LAC」と「CHA」の指名権を比較し、より良い方がシャーロット(CHA)へ。
残った方はデトロイト(DET)へ。
🔵【2029年】
1巡目:
1〜3位なら LACが保持。
4〜30位なら PHLがスワップで獲得可能(LACの指名権と交換)。
2巡目:
サンアントニオ・スパーズ(SAN)に譲渡済み(PHL経由)。
🔵【2030年】
1巡目:
完全に自チーム(LAC)が保持。
2巡目:
ユタ・ジャズ(UTH)に譲渡済み。
🔵【2031年】
1巡目・2巡目ともに自チームが保持。
ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



