
Golden State Warriors
ゴールデンステート ウォリアーズ
チーム情報
アリーナ所在地
チェイス・センター
アメリカ合衆国
カリフォルニア州サンフランシスコ
ミッション・ベイ地区
ウォリアーズ・ウェイ1番地
〒94158
収容人数
19,980人
アリーナ公式サイト
https://www.rosequarter.com/
ロゴについて
🏀【1】1946年~1962年:フィラデルフィア・ウォリアーズ時代
🔷 ロゴの概要
モチーフ: ネイティブ・アメリカン戦士(ウォリアー)の横顔と羽飾り
特徴: 黄色と赤を基調とし、バスケットボールの上に描かれている
🔍 背景
球団はフィラデルフィアで創設され、名前「ウォリアーズ(戦士)」は当時の「ネイティブ・アメリカン」にインスパイアされたもの。
ロゴもアメリカ先住民を象徴するビジュアルで構成されていた。
🏀【2】1962年~1971年:サンフランシスコ移転後の初代ロゴ
🔷 ロゴの概要
モチーフ: インディアン風キャラクターがバスケットボールをドリブルしているイラスト
文字表記: "The City" または "San Francisco Warriors" を使用
🔍 背景
チームがフィラデルフィアからサンフランシスコに移転。
60年代らしいポップでカートゥーン調のデザイン。
マスコット的で親しみやすい。
🏀【3】1971年~1975年:「ゴールデンステート」へ改称後のロゴ
🔷 ロゴの概要
モチーフ: カリフォルニア州の地図とその上に描かれた星印(チームの所在地)
文字表記: "Golden State Warriors"
🔍 背景
球団名が「サンフランシスコ・ウォリアーズ」から「ゴールデンステート・ウォリアーズ」へ変更。
州全体を代表するチームであることを強調。
🏀【4】1975年~1997年:モダン化とシンプル化
🔷 ロゴの概要
モチーフ: 州の地図が丸いフレームに入り、上に星印
色彩: 黄色と青のチームカラーをベース
🔍 背景
よりグラフィック的で洗練されたデザインに。
このロゴは長く使われ、ファンの間でも親しまれていた。
🏀【5】1997年~2010年:"Thunder" ロゴ時代
🔷 ロゴの概要
モチーフ: 稲妻と戦士(雷を背負った近未来風ヒーロー)
文字表記: シャープで立体感のある "WARRIORS"
🔍 背景
デザインはより攻撃的で未来的に。
当時人気だったスーパーヒーロー的なイメージに寄せた。
球団が当時ドラフトで獲得した選手たちと共にリブランディングを狙った。
🏀【6】2010年~2019年:ベイ・ブリッジ(ベイブリッジ)ロゴ登場
🔷 ロゴの概要
モチーフ: サンフランシスコの「ベイブリッジ(Bay Bridge)」
文字表記: "Golden State Warriors" を円形に配置
🔍 背景
歴史ある「ザ・シティ」ロゴ(1960年代)へのオマージュ。
チームの黄金期(カリー、トンプソン、ドレイモンドら)の象徴ともなった。
🏀【7】2019年~現在:モダン・ベイブリッジ ロゴ
🔷 ロゴの概要
モチーフ: より細かいディテールのベイブリッジ
スタイル: 洗練されたタイポグラフィ、鮮やかな青と金
🔍 背景
チェイス・センターへの移転を機に、ロゴをアップデート。
フォントを一新し、デジタル時代にも映えるデザインに。
ロゴの輪郭線も細く、ミニマルで現代的。
BAA優勝 1回
🏆 1946–47シーズン(vs. シカゴ・スタッグス)※BAA時代
ファイナルMVP:該当なし(BAA時代のため)
創設初年度のウォリアーズ(当時:フィラデルフィア・ウォリアーズ)は、レギュラーシーズンをイースタン・ディビジョン1位で終え、エースのジョー・ファルクスを中心としたハイパワーオフェンスでファイナルに進出。相手は堅守のシカゴ・スタッグス。シリーズは第5戦まで続き、ウォリアーズが4勝1敗で初代BAA王者に輝いた。ファルクスはシリーズ平均23.2得点を記録し、黎明期のスーパースターとして存在感を示した。
NBA優勝 6回
🏆 1955–56シーズン(vs. フォートウェイン・ピストンズ)
ファイナルMVP:該当なし(創設は1969年)
フィラデルフィア・ウォリアーズとしての2度目の栄冠。レギュラーシーズンをイースタン1位で終え、ファイナルではスピードと得点力に長けたフォートウェイン・ピストンズと対戦。シリーズは4勝1敗で決着。ポイントセンターのポール・アリジンや司令塔のトム・ゴーラらが大活躍し、当時のバランス型バスケットを象徴する戦いぶりで優勝を飾った。
🏆 1974–75シーズン(vs. ワシントン・ブレッツ)
ファイナルMVP:リック・バリー
ゴールデンステートに本拠地を移してから初の優勝。シーズンをウェスタン3位で終えたが、プレーオフでは伏兵として快進撃を続け、ファイナルでは強豪ブレッツと激突。予想に反してウォリアーズが**4連勝(4勝0敗)**でスウィープ達成。リック・バリーはシリーズ平均29.5得点で圧倒的なリーダーシップを発揮し、チームを11年ぶりの頂点に導いた。
🏆 2014–15シーズン(vs. クリーブランド・キャバリアーズ)
ファイナルMVP:アンドレ・イグダーラ
40年ぶりの優勝を飾ったこの年、スティーブ・カー新体制のもとで“スモールボール”と称される革命的バスケットを展開。レギュラーシーズン67勝という圧倒的成績でプレーオフへ。ファイナルではレブロン・ジェームズ率いるキャブスを4勝2敗で下した。イグダーラは守備面での貢献が評価され、平均16.3得点でファイナルMVPに選出された。
🏆 2016–17シーズン(vs. クリーブランド・キャバリアーズ)
ファイナルMVP:ケビン・デュラント
ケビン・デュラントを加えた“デス・ラインナップ”は敵なし。レギュラーシーズン67勝、プレーオフではわずか1敗という支配的な強さでファイナルに到達。3年連続で対戦したキャブスとのシリーズは4勝1敗で快勝。デュラントはシリーズ平均35.2得点を叩き出し、初のファイナルMVPに輝いた。
🏆 2017–18シーズン(vs. クリーブランド・キャバリアーズ)
ファイナルMVP:ケビン・デュラント
前年に続く王者ウォリアーズは、やや苦戦しながらもファイナルに進出。再びキャブスと対戦したこのシリーズでは、デュラントとカリーの共演が冴え渡り、**4連勝(4勝0敗)**でスウィープを達成。デュラントは再びファイナルMVPを受賞し、2連覇を強烈に印象づけた。
🏆 2021–22シーズン(vs. ボストン・セルティックス)
ファイナルMVP:ステフィン・カリー
スプラッシュ・ブラザーズの完全復活と若手の台頭で再建に成功したウォリアーズ。レギュラーシーズン3位ながら、プレーオフを安定して勝ち進み、ファイナルでは勢いに乗るセルティックスと激突。第6戦で4勝2敗とシリーズを制し、3年ぶりの王座奪還。ステフィン・カリーは平均31.2得点の圧巻の活躍で、ついに悲願の初ファイナルMVPを手にした。
チーム公式サイト
https://www.nba.com/warriors/
公式チケット購入サイト
https://www.nba.com/warriors/tickets
チーム公式ショップ
https://shop.warriors.com/
日本版公式ショップ
https://www.nbastore.jp/ja/golden-state-warriors/
傘下Gリーグチーム
サンタクルーズ・ウォリアーズ
https://santacruz.gleague.nba.com/
チーム各種SNS
歴史
創設の背景
◉ 「BAA」創設とウォリアーズ誕生
ゴールデンステート・ウォリアーズは、1946年に**「フィラデルフィア・ウォリアーズ(Philadelphia Warriors)」**として誕生しました。この時期、アメリカではバスケットボールのプロリーグがいくつか存在していたものの、統一された全国規模のリーグはまだ存在していませんでした。
そんな中、ボストン・セルティックスの創設者ウォルター・ブラウンや、ホッケーアリーナのオーナーたちが「アリーナの空き日を埋める新しいスポーツ興行」として設立したのが、**BAA(Basketball Association of America)**というプロリーグでした。これが後のNBAの前身です。
◉ エディ・ゴットリーブという伝説の人物
ウォリアーズを創設した中心人物が、エディ・ゴットリーブ(Eddie Gottlieb)という実業家・コーチ・ゼネラルマネージャーです。彼はフィラデルフィアのバスケットボール界の重鎮であり、1920年代から独自のチーム「SPHAs(サウス・フィラデルフィア・ヘブリューズ)」を率いていた人物です。
彼は自らの人脈と資金力を活かして、1946年に「ウォリアーズ」という名前のチームをBAAに加盟させました。
📝 チーム名「ウォリアーズ(Warriors)」は、実はゴットリーブが以前運営していた別のアマチュアチームから取った名前でもあります。
🎖 創設初年度の快挙とスター選手
◉ 初代王者として歴史を刻む
フィラデルフィア・ウォリアーズは、**BAA初年度(1946–47シーズン)**にしてリーグ優勝を果たします。これは後のNBAにおいても公式な初代王者として扱われています。
この時、中心選手だったのがジョー・ファルクス(Joe Fulks)です。彼は現代バスケにも影響を与えたジャンプシュートの先駆者で、当時としては画期的なプレースタイルを披露し、得点王にも輝きました。
🗺 チームの移転と「ゴールデンステート」の誕生
◉ フィラデルフィアからサンフランシスコへ(1962年)
1962年、ウォリアーズはフィラデルフィアからカリフォルニア州サンフランシスコに移転し、「サンフランシスコ・ウォリアーズ(San Francisco Warriors)」へ改称しました。背景には西海岸のメディア市場拡大と興行収入の見込みがありました。
この移転時にチームの顔となったのが、ルーキーだったウィルト・チェンバレン。彼の存在が西海岸での人気拡大に大きく寄与しました。
◉ 「ゴールデンステート」に改名(1971年)
1971年、チーム名が現在の**「ゴールデンステート・ウォリアーズ」**に改名されました。「ゴールデンステート」とはカリフォルニア州のニックネームで、「州全体のチーム」という意味が込められています。
これはロサンゼルス・レイカーズなど他のカリフォルニアチームとの差別化と、サンフランシスコとオークランドを跨ぐファン層拡大を狙ったマーケティング的な戦略でした。
🔍 秘話・トリビア
ゴットリーブ・トロフィー:NBAのルーキー・オブ・ザ・イヤー賞は、2000年まで「エディ・ゴットリーブ・トロフィー」として贈られていました。それほど彼のNBA創設・普及への貢献は大きかったのです。
チェンバレンの100得点試合:1962年3月2日、ウィルト・チェンバレンが1試合100得点を記録した伝説の試合も、フィラデルフィア・ウォリアーズ時代の出来事です。
地元色の強いデザイン:チームロゴやユニフォームには、サンフランシスコ・オークランド湾岸地域のアイデンティティ(ベイブリッジ、カリフォルニア州のシルエットなど)がたびたび反映されてきました。
創設後の発展
🔵 1940年代(1946):BAA創設とウォリアーズ誕生
1946年、ゴールデンステート・ウォリアーズの前身であるフィラデルフィア・ウォリアーズがBAA(Basketball Association of America)と共に創設。当時のバスケットボール界は、アリーナの空き日を埋めるためにスポーツ興行を求めていた時代であり、ウォリアーズはその流れの中で誕生した重要なチームだった。エースのジョー・ファルクスは“ジャンプシュートの開祖”とも呼ばれ、創設初年度にしてリーグ優勝を果たすなど、プロバスケットボール黎明期の象徴的存在として強烈なスタートを切った。
🔵 1950年代(1956):黄金時代と2度目の優勝
1950年代のウォリアーズは、NBAに正式に組み込まれた後も安定した強さを誇った。特に1955–56シーズンには、チームの中心だったポール・アリジン、トム・ゴーラ、ニール・ジョンストンらの活躍で、2度目の優勝を達成。得点力とチームバスケットのバランスが評価され、フィラデルフィアの誇りとして地元ファンに愛された。アリジンはジャンプシュートを武器にした当時屈指のスコアラーだった。
🔵 1960年代(1962):チェンバレン時代と西海岸移転
1960年代は、NBA史に残る名選手ウィルト・チェンバレンが在籍し、1962年には1試合100得点という前人未到の記録を打ち立てた。この年、チームはフィラデルフィアからサンフランシスコへ移転し、「サンフランシスコ・ウォリアーズ」として再出発。チェンバレン退団後は苦戦が続くが、新天地での基盤構築が進められた。バイ・アブリッチら若手の台頭もあり、再建の気配が見え始めた時代。
🔵 1970年代(1975):カリフォルニアでの初優勝とアイデンティティ確立
1971年にチーム名を**「ゴールデンステート・ウォリアーズ」に変更し、カリフォルニア州全体を代表するチームとしてブランドを再構築。1974–75シーズンにはリック・バリーを中心に予想外の快進撃を見せ、NBAファイナルでワシントン・ブレッツをスウィープ**。カリフォルニア移転後初、球団史上3度目の優勝を成し遂げた。若手中心のチームで掴んだこの栄光は、戦術・選手育成ともに評価されたモデルケースとなった。
🔵 1980年代(1987):スター不在の暗黒期と新たな核の発見
1980年代は成績不振に悩み、「暗黒期」とも言われた時代。プレーオフ進出はわずかに2回と低迷したが、一方でクリス・マリンなど後の主力を指名するなど、将来への布石もあった。特に1987年のドラフトではミッチ・リッチモンドを獲得し、「ランTMC」と呼ばれるユニット形成へと繋がっていく。苦しいながらも、攻撃的でスピーディーなバスケットを志向し、次の時代の礎を築いた。
🔵 1990年代(1994):ランTMCの台頭と転落
1990年代前半はティム・ハーダウェイ、ミッチ・リッチモンド、クリス・マリンによる“Run TMC”時代がファンを魅了。華やかで得点力に優れたチームは注目を集めたが、ディフェンス面で課題を抱え、長期的な成功には結びつかなかった。1994年以降は再び低迷期に突入し、プレーオフから遠ざかる。コーチやフロントの迷走もあり、安定性に欠ける時代だった。
🔵 2000年代(2007):We Believeと奇跡のアップセット
長い沈黙を破ったのが、2006–07シーズンの“We Believe”ウォリアーズ。第8シードとしてプレーオフに進出すると、当時67勝の強豪マーベリックスを第1ラウンドで破る史上最大のアップセットを演じ、リーグに衝撃を与えた。中心選手はバロン・デイビス、スティーブン・ジャクソン、モンタ・エリスら。この年の快進撃は、長らくファンの心に残るシーズンとなった。
🔵 2010年代(2015):スプラッシュ革命と王朝時代の幕開け
2010年代は球団史上最も輝かしい時代へ突入。ステフィン・カリー、クレイ・トンプソンによる「スプラッシュ・ブラザーズ」がリーグを席巻し、2014–15シーズンに40年ぶりの優勝。以降はケビン・デュラントを加えて2017・2018年と連覇を達成。スティーブ・カーHCの下で“スモールボール”を象徴するスタイルが確立され、NBA王朝としての地位を確立した。
🔵 2020年代(2022):再建からの復活と第4の王座
2020年代初頭は怪我と再建に苦しむ時期が続いたが、若手育成とカリーの復活によって再び上昇軌道に。2021–22シーズンには**ボストン・セルティックスとのファイナルを4勝2敗で制し、4度目の優勝(カリー時代)**を達成。このとき、カリーが初のファイナルMVPに選出された。ベテランと若手の融合が成功し、再び優勝争いに絡むチームとして現在に至っている。
永久欠番
| 番号 | 名前 | 主な功績 |
|---|---|---|
| 6 | トム・ゴーラ | 1956年優勝メンバー、NBA50周年記念チーム選出、万能型フォワードとして活躍 |
| 13 | ウィルト・チェンバレン | 1試合100得点の伝説的記録保持者、1960年MVP、リーグ支配的センター |
| 14 | トム・メシュリー | 長年チームに貢献、引退後もチームに関わるなど多方面で活躍 |
| 16 | アル・アトルズ | 選手兼コーチとして活躍、1975年の優勝時ヘッドコーチ、50年以上にわたりチームに在籍 |
| 17 | クリス・マリン | “Run TMC”の一角、5回のオールスター選出、殿堂入り |
| 24 | リック・バリー | 1975年ファイナルMVP、フリースロー名手、オールスター8回選出 |
| 42 | ネイト・サーモンド | 優れたディフェンダー兼リバウンダー、NBA初のクアドルプル・ダブル達成者 |
チームロスター
| 番号 | 名前 | 国略称 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|
| 00 | ジョナサン・クミンガ | COD | 203 | 95 |
| 0 | ゲイリー・ペイトン2世 | USA | 191 | 86 |
| 2 | ブランディン・ポジェムスキー | USA | 196 | 93 |
| 4 | モーゼス・ムーディー | USA | 198 | 93 |
| 5 | ケヴォン・ルーニー | USA | 206 | 101 |
| 7 | バディ・ヒールド | USA | 196 | 100 |
| 10 | ジミー・バトラー | USA | 203 | 101 |
| 15 | ギー・サントス | BRA | 201 | 95 |
| 21 | クインテン・ポスト | NED | 193 | 94 |
| 23 | ドレイモンド・グリーン | USA | 198 | 104 |
| 30 | ステフィン・カリー | USA | 188 | 84 |
| 32 | トレイス・ジャクソン=デイビス | USA | 206 | 111 |
| 44 | ジャクソン・ロウ | CAN | 201 | 95 |
| 61 | パット・スペンサー | USA | 191 | 93 |
チームスタッフ
ポートランドトレイルブレイザーズのスタッフ(2024年時点)
■ 経営・フロントオフィス
ピーター・グーバー(オーナー)
ジョー・レイコブ(オーナー、CEO)
ブランドン・シュナイダー(社長兼COO)
ジェニファー・カバルキント(最高財務責任者 CFO)
チップ・バワーズ(最高マーケティング責任者 CMO)
カーク・レイコブ(バスケットボール運営担当エグゼクティブVP)
マイク・ダンリービーJr.(GM)
ラリー・ハリス(アシスタントGM兼選手人事部ディレクター)
ナネア・マクギガン(バスケットボール管理部ディレクター)
チャック・ヘイズ(バスケットボール運営ディレクター)
ジョニー・ウェスト(プロ人事部ディレクター)
ムジタバ・エルグダー(アシスタントバスケットボール運営ディレクター)
■ コーチングスタッフ
スティーブ・カー(ヘッドコーチ)
テリー・ストッツ(リードアシスタントコーチ)
ロン・アダムス(アシスタントコーチ)
ブルース・フレーザー(アシスタントコーチ)
クリス・デマルコ(アシスタントコーチ/選手育成ディレクター)
クリス・ウィームス(アシスタントコーチ)
ジェリー・スタックハウス(アシスタントコーチ)
ベン・ステルツァー(コーチングアソシエイト)
ダウード・アクター(コーチングアソシエイト)
ノア・ロボサム(コーチングアソシエイト)
カリル・ロビンソン(ヘッドコーチ特別補佐)
カリード・ロビンソン(ヘッドコーチ特別補佐)
■ プレーヤー育成・分析・ビデオ部門
デイビッド・ファトキ(選手育成ディレクター)
セス・クーパー(選手育成ディレクター)
アンソニー・ヴァリーン(選手育成コーチ)
ヒルトン・アームストロング(選手育成コーチ)
クリント・カールソン(選手育成コーチ)
マイケル・トンプソン(選手育成コーチ)
ウィル・シーヒー(選手育成アシスタント)
ジェイコブ・ルービン(ビデオ統括/選手育成コーチ)
レティシア・ガラーザ(アシスタントビデオコーディネーター)
エベレット・デイトン(ビデオコーディネーター/選手育成)
レイン・ウィルソン(ヘッドビデオコーディネーター)
■ スカウティング部門
ヤロン・アルベル(国際スカウト部ディレクター)
ラモント・ピーターソン(スカウト)
レジー・ランキン(スカウト)
ジェイソン・スタウト(プロスカウト)
マイケル・リー(プロスカウト)
アルバート・ロブレディロ(国際スカウト)
ステファノ・ルパッテッリ(国際スカウト)
スコット・ヴォーン(アドバンススカウト)
■ メディカル・アスレチックトレーニング部門
ドリュー・ヨーダー(ヘッドアスレチックトレーナー/医療サービス統括)
ロング・ラム(アシスタントアスレチックトレーナー)
クリス・リーマン医師(チームドクター)
ロバート・ニード医師(チームドクター)
マイク・ポテンザ(スポーツパフォーマンス部ディレクター)
■ メディア・放送
ケレンナ・アズブキ(テレビアナリスト)
ボブ・フィッツジェラルド(テレビ実況)
ティム・ロイ(ラジオ実況)
トム・トルバート(ラジオ解説)
ジム・バーネット(ラジオ放送/元テレビ解説)
チームサラリー表
保有ドラフト指名権
🔶【2025年】
1巡目:
1~10位なら → ウォリアーズが保持
11~30位なら → マイアミ・ヒートへ譲渡
2巡目:
ウォリアーズ、ウィザーズ、マーベリックス、ピストンズの2巡目の中で最有利なものがボストンへ
残りは順位次第でユタ、ワシントン、ボストンなどへ複雑に分配
🔶【2026年】
1巡目:
2025年の条件がまだ満たされていない場合、
1~10位なら → ウォリアーズが保持
11~30位なら → マイアミ・ヒートへ譲渡
2巡目:
ウォリアーズとナゲッツ(デンバー)のどちらか良い方が → シャーロットへ
残りの方が → フェニックスへ
🔶【2027年】
1巡目:
2025または2026年でまだ譲渡されていなければ → マイアミ・ヒートへ譲渡
2巡目:
ウォリアーズとサンズ(フェニックス)の良い方 → フィラデルフィアへ
残りの方 → ワシントンへ
🔶【2028年】
1巡目:
ウォリアーズが保持
2巡目:
フィラデルフィアに譲渡(経由:ポートランド→ワシントン)
🔶【2029年】
1巡目:
ブルックリン・ネッツへ譲渡
2巡目:
ブルックリン・ネッツへ譲渡
🔶【2030年】
1巡目:
1~20位なら → ウォリアーズが保持
21~30位なら → ワシントン・ウィザーズへ譲渡
2巡目:
1巡目をワシントンに譲渡していなければ → 2巡目をワシントンに譲渡
🔶【2031年】
1巡目:
ウォリアーズとミネソタのうち良い方 → ミネソタへ(スワップ)
残りの方 → デトロイトへ
2巡目:
上記と同様に → ミネソタとデトロイト間でスワップ
ドラフト指名権参考サイト
https://basketball.realgm.com/nba/draft/future_drafts/team



